2015年(平成27年8月)8号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

 編集:ⓒリトルヘブン編集室〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203

北海道歌志内市文珠 川端養蜂園

女王蜂にキャサリンとか
名前付けてんじゃないの

日本にたった一人かどうかは分からないが、ごく少数であることは間違いない。女性ひとりで奮闘している養蜂家の川端優子(かわばた ゆうこ)さん(53)は、北海道歌志内市(うたしないし)の養蜂場で約60群の蜜蜂を飼っている。

|「3月中旬になって雪が溶けてきたら、天気の良い日めがけて(蜜蜂を)飛ばしてあげるんです。雪よけのワラやコンパネを取り除いて、巣箱の蓋を開けると、元気で生きてて、みんな並んでこっち見てて、何とも言えないじゃないですか、あの顔。いやーっ生きててくれたって」

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    川端さんは、雪の深い北海道でも転地をしないで蜜蜂を越冬させている。夏の間に採蜜をしながら同時進行で越冬する強い群れを作っていくのだ。

    |「今の季節は採蜜するので巣箱を2段にしていますけど、10月になったらそれを全部1段に落として、巣箱の真ん中に卵がびっしり詰まった巣房を置いて、両脇に蜂蜜をたっぷり残してあげた蜜巣を置いて、強い蜂にして越冬するんです」

    運送用パレットの上にワラを敷いて巣箱を置き、その上をまたワラで覆ってコンパネで囲っていく。天井もコンパネで覆い、その上にシートを掛けて雪を待つのだ。

    |「春先に初めて箱を開ける瞬間とかね、生きててくれるだろうかと心配で。蜂が死んじゃった夢を見ましたね。もしね、(餌の)蜜切れなんかを起こさせていたら私の責任だし。ほんとに一群が大事で、育てて増やすっていう感覚しかなかったんで、(蜂を)買うとかそういうのじゃないんです。だから、友だちに『あんた女王蜂にキャサリンとか名前付けてんじゃないの』とか言われるぐらい、もう蜂のことしか頭にないんです」

    養蜂場に到着すると最初に燻煙器を準備する

    内検をしながら、分け出しをする巣枠を選ぶ

    内検の目は真剣だ。上部の白い部分は蜜蓋で塞がれた巣房

    上歌養蜂場の内検を終え、分け出しする巣枠を運ぶ

    蜜蜂を見て、私も欲しいって

    歌志内市は、石炭産業で栄えていた1948(昭和23)年ごろ、多くの炭鉱が操業していて年間約70万トンの生産量を誇り、人口は約4万6000人に達していた。しかし、その後エネルギーの主力が石炭から石油に代わっていったため炭鉱の閉山が相次ぎ、急激な人口減少が続いた。2015(平成27)年7月には3740人と日本一人口の少ない市となっている。10年ほど前、市の活性化を目的に歌志内市と市商工会が中心となって第三セクターの養蜂事業部を立ち上げ、3年間ほど事業展開を行ったが軌道に乗せることはできなかった。養蜂用具や養蜂場を投げ出す訳にもいかず、蜂蜜を歌志内市の特産品にするための後継者を募集したのに応募したのが川端さんだった。

    |「それが7、8年前なんですよ。その何年か前から蜜蜂を育ててはいたんですけど、その頃は子育てをしながら営業の仕事をしていて、営業で知り合った方が飼っている蜜蜂を見て、いやーっかわいいって、私も欲しいって思って。その方が少し分けてくれて、それを育てるというか、何が何だか分からないところから大事に大事にしていたら、どんどん育ってくれたんです。それを増やして、また増やしている時に蜂屋さん(養蜂家)と出会って、採蜜を手伝ってと言われたんです」

    さらに5年我慢すれって言われても、
    朽ち果てていくから

    |「ちょうど娘が18歳になって、新しい仕事を始めたい時だったので、これしかないと思っちゃったんですよ。じゃ勉強になると思って手伝いを始めたんですけど、蜜蜂の数が半端ないんです。自分の蜂を見る時間が全然なくて、自分の採蜜もできない、増やすこともできない状態が続いて、でも5年は我慢しようと思ったんですよ。勉強しよう修行しようと。その後で歌志内市の養蜂事業部を引き継ぐことになって、蜂屋さんの手伝いをやって、夜中走って、朝ちょっと自分のを見て、また走って蜂屋さんを手伝ってというのをやってたんですよ。結局7年ぐらい手伝いをしてほんとに辛かったです。パートさんみたいで、全然食べていける状況じゃなくて、貯金を使い果たして、保険を解約するとか年金を止めるとか売れる物は売るとか、そういう感じで切り崩して切り崩して。もう50歳になって、さらに5年我慢すれって言われても、朽ち果てていくから」

    女王蜂がフーッて出てくるんですよ、
    うわーっ何て美しいんだろうって

    |「修行だとしても苦労の7年間を過ごし、自分の仕事に専念し始めてようやく2年目の夏を迎えた川端さんには、掛け替えのない60群の蜜蜂たちが寄り添うように居てくれる。

    |「それ以上には、まだ、増やせないんですよね。(養蜂の)場所も確保できてないから増やす訳にはいかないし」

    独立しても順調という訳ではなさそうだ。歌志内市を管轄にしている中空知(なかそらち)養蜂組合との関係が難しいようだ。そんな中でも、川端さんを励まし元気づけてくれるのは、やはり蜜蜂なのだ。

    |「(蜂の数が増えすぎた群れを)分け出しした時、最初ちっちゃい王台をどんどん大きくしていきますよね。それで、見てて、もう分かるんですよ。王台の先っぽの方が黒っぽくなってきて、あ、もうそろそろ出るなって。(そ)したら、先っぽを自分できれいに切って、パカッて開けて、女王蜂がフーッて出てくるんですよ。うわーっ何て美しいんだろうって、何かすました感じに見えてね。歩いていくのもスッスッスッって感じに見えてね。もう感動ですね。未交尾ですからね、まだ、ちっちゃいんですけど。交尾して帰って来るとぷりんとした感じで、ひと回り大きくなってきますけどね」

    「どいて、どいて、どいて」と
    蜂に声を掛け

    この日の川端さんの作業は、歌志内市内の上歌(かみうた)と歌神(かしん)、2か所の養蜂場で採蜜ができる状態になっているかどうかを調べる内検だ。養蜂場の周りには、地元でポッポちゃんと呼ぶオオハンゴンソウの黄色い花が咲いている。ほとんどの養蜂家は巣箱にびっしり巣枠を並べるが、川端さんの巣箱は巣枠数枚分の隙間が作ってある。

    |「この夏は暑かったからね。蜜の量は1〜2枚分減るけど、空間を作って、少し気を紛らわしてやらないとね」

    あくまでも蜜蜂の気持ちに添った養蜂なのだ。

    川端さんが内検している巣箱周辺の草を、手伝いに来ている工藤義昭(くどう よしあき)さん(75)が剪定鋏(せんていばさみ)で切って歩いている。

    |「草刈り機を使うと蜂が怒って向かって来んだからね。草刈りぐれえしかできねえんだけど、家に居るとおっかあに怒られるし、歳だけは誰にも負けねえほど取ってんだけど」

    工藤さんが、素知らぬ顔して川端さんを笑わせる。

    |「蜂に刺されてもどうってことないんだ。ただ、腫れるだけだからな。でもな、外へ出ると、みんな刺されたのかって言うからな。見れば分かるって言うの。黙ってると、蜂に刺されたのも分かんないほど呆けたのかって言われるからね」

    巣箱から3〜4枚ずつ巣枠を抜き取って、越冬させるための強い群れを作る

    川端さんは、蜜蓋で塞がれた巣枠と余裕のある巣枠の場所を入れ替えながら、それぞれの巣箱の採蜜の時期を探っている。巣枠を巣箱に入れる時、わずかに枠の端を震わせながら「どいて、どいて、どいて」と蜂に声を掛けて、巣枠と巣枠の間に居る蜂がいなくなるのを待ってから巣枠を詰めていく。

    |「卵がいっぱいあると蜂が増えて嬉しいんだけど、採れる蜜は減りますよね。養育費が掛かりますっという感じですね」

    内検の結果、採蜜は3、4日先になりそうだ。蜜の溜まり具合を見る内検と並行して、蜂の数が増えすぎた巣箱から3〜4枚ずつ巣枠を抜き取って、新たな群れを構成する合同作業も進めていく。分封させないための分け出し作業なのだが、越冬させるための強い群れを作る意味もある。異なる女王蜂の群れから抜き取った蜂を、ひとつの巣箱に一緒にさせようとしても互いに殺し合ってしまうのだが、巣箱にエアサロンパスをひと吹きして元の女王蜂の匂いを消してしまうと、その瞬間は蜜蜂が乱れ飛んで騒然としていても、しばらくすると一つの巣箱に収まっていった。8月になってから合同した群れは、冬まで採蜜をしないでダニの予防薬を入れ、越冬のための充分な蜜を確保させると共に健康で強い群れに仕立て上げていく。

    合同された蜜蜂が温和しくなったのを見て静かに巣箱の蓋を閉めた、川端さんは、「良い子にしてなさいよ」って感じで蓋の上をそっと撫でた。

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