2015年(平成27年10月)8号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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愛媛県八幡浜市古町 下井巣礎製造所・松岡養蜂場

手造りの良さ言うんは、昔からのやり方をしないとね

千恵さんは、蜜ロウに沈めた板をゆっくり引き上げ、再びゆっくりと沈める。沈めて引き上げる動作を何回繰り返しているのか、そっと数えてみると、12回から17回。決まった回数ではなさそうだ。蜜ロウの温度によって板に絡まるロウの量が異なってくるのだろう。板を引き上げる時の重さを感覚的に判断し、最後に、板に絡まっている蜜ロウの厚みを軽く指で挟んで確かめている。素朴な道具であるが故に、企業秘密は神秘的だ。人間の感覚をセンサーとして判断している。言ってみれば、千恵さんの神秘的な手の感触が企業秘密なのだ。

千恵さんが「よし」と判断すれば、傍らで待ち構えている恭司さんに蜜ロウの絡まった板を手渡す。水を張った大きなタンクに板を浸けて一気に蜜ロウを冷やして固めると、恭司さんは板を水に浸けたまま蜜ロウを竹製の小刀で削ぎ取る。表裏2枚のロウ板がハラリと剥がれてきた。

|「金属のナイフだと、板に食い込むけん」と、恭司さん。竹の小刀は、把手にタオルを巻いて、それを布テープで留めてある。ひとつ一つの道具に長い歳月で積み重ねられてきた工夫が感じられる。

恭司さんは「ロウ板を造る工程に機械を入れて労働を軽減し、巣礎を安く提供すれば養蜂家のためにもなる」と考えているようだが、哲夫さんは現在の手造りを継続したい意向だ。

竈で焚く蜜ロウが順々に適温となるように、ガスの火を調整してある。一日中手を休めることのできないロウ板造りは、かなり過酷な労働だ。哲夫さんが自らに言い聞かすように言う。

|「ロウ板造りの折には休めんのや。僕ら、自分ちの2階で仕事しておりながら、握り飯かじったり、昼飯交替でやったりね、努力してる訳ですよ。握り飯かじるぐらいはできるんですけどね。お膳に座って食べるなんてことはでけんですよね。その点はやっぱ割り切って仕事しないと」

黙々とこなす仕事の合間に、恭司さんが窓から顔を出して外の景色を眺めていた。

|「たまには外を覗かんと……」。恭司さんが照れたように私に言う。傍で母親の千恵さんが「若いからね。地道な作業だから」と、息子を労った。

「たまには外を覗かんと……」。
恭司さんが仕事の合間に息抜き

大釜の中で蜜ロウが沸騰し溶け始めている

一階の作業場。蜜ロウを精製した夏の名残が漂う

沸騰した蜜ロウの鍋に陽が差し込む

虫の数が多いのを、ええ蜂と言うんですよ

翌日は、巣箱の内検に行く哲夫さんと恭司さんに同行させてもらった。松岡養蜂場の巣箱は、瀬戸内海と宇和海を区切る佐田岬半島の数か所に置いてある。哲夫さんが内検に出るのは、久し振りのことだ。

|「ここら辺は平坦地がないでしょうが。それで何か所にも分けて置いてあるんですよ。現在は全部で700群くらいですかね」

哲夫さんは久し振りの内検で張り切っているようだ。最初の養蜂場に着くと、面布だけを着けて素手で内検を始めた。横から燻煙器の煙を吹きかけ、蜂を温和しくさせていた恭司さんに呟くように言う。

|「蜂児(ほうじ)があるがを降ろすがで、上に蜂児があるが見てくれ」

2段になった継ぎ箱の上段に蜂児(蜂のサナギ)が入っている巣枠があれば、それを越冬のために下の巣箱に移したいので、恭司さんに巣箱を点検してほしいと言っているのだ。

|「こりゃええ蜂や。虫の数が多いのを、ええ蜂と言うんですよ。やっぱりね、虫の数が多くないとね、勝負にならないの」

巣箱の蓋を開けて、嬉しそうだ。

|「2段継ぎ箱ですから、越冬のために蜂を詰めてやるんですよ。下箱と上箱の間に、穴を開けた新聞紙を敷いて、1枚でいいんですよね。そしたら、上箱の蜂蜜とか花粉とかを、蜂が下へ降ろしますんで、そしたら上の巣箱は除けちゃうんですよ。管理がしよい(やりやすい)もんで。そういう作業をするんです。たくさん子を産ませるために、蜂を詰めんといかんのですよ。温度が違うんですよ。蜂は自然のもんだから、蜂のことを考えないと上手くいかんですよ」

自宅から準備してきた穴の開いた新聞紙を上下の巣箱の間に敷いて、下箱にはさらに蜂を詰めるために、穴を開けた段ボールを差し込んでいく。これも哲夫さんが長年の経験から考え出した越冬を迎える蜂の管理方法なのだが、どうも恭司さんは納得していないようだ。

|「誰もそんなことしてないが」と、小声で抵抗している。そんな恭司さんに哲夫さんは、「見学に来た蜂屋は、ええもん見せてもろた言うて喜んで帰るがね。言うたようにせないかんよ」と、静かに諭すのだ。

住宅地に近い梅之堂の養蜂場で内検をする恭司さん

佐田岬半島雨井の養蜂場で、越冬の準備のために砂糖水を与える

餌もやってあげてるのに、刺さんとええやん

午後からは、恭司さんがひとりで内検と給餌に行くことになった。最初は、住宅地に近い梅之堂の養蜂場だ。

|「今年は寒くなるのが早いんで、餌が無くなるのが早いですね」と、砂糖水の餌を与えていく。内検で勢いのない群の巣枠を、勢いのある他の群の巣枠と入れ替えている。

|「あのままだったら、弱い群は越冬できないんで、強い群から、生まれそうな蜂児を持っている巣枠を選んで、弱い群の巣箱に一枚移動したんです。そうすると、弱い群も早く太くなりますよ」

内検では、巣箱ひとつ一つの勢いを見ながら、条件に合った巣枠を移動させて蜜蜂全体の勢いを高めることが必要なのだ。

内検をする恭司さんの仕事ぶりは、すっかり一人前の養蜂家だ。夏には、バイクの一人旅で北海道の養蜂家を訪ね、見聞を広めているようだ。

|「蜂に刺された時、じいっと見よったら、針が左右互い違いに動いて、勝手に中に入っていくんですよ、ほんとに。餌もやってあげてるのに、刺さんとええやん思いますよ」

養蜂家の観察力と蜂への愛情が伝わってくる。

面布を外して休憩する恭司さん。宇和海が眼下に広がる

「こりゃええ蜂や」と哲夫さん。
新聞紙と段ボールを使って越冬の準備をする

 

スズメバチの侵入を防ぐため巣箱の前に金網が張ってある

スズメバチの羽音が聞こえると、
すぐに虫取り網を手に身構える

瓶のラベルは八幡浜の八と蜂の八

祖父の哲夫さんは、終戦の年に父親が亡くなり、引き取ってくれた叔父が養蜂を営んでいたため、家業を継ぐ形で70年間の経験を積んだ養蜂家だ。

巣礎造りや養蜂の考え方では意見の食い違いが見られるが、哲夫さんの経験と若い恭司さんの発想と行動力が一つになることで、下井巣礎製造所と松岡養蜂場の底力を発揮しているように見える。

|「一昨年の春にできたばかりの道の駅・アゴラマルシェでうちの蜂蜜売ってるんですよ」と、恭司さんに教えられ訪ねた。何と、2013年グッドデザイン賞を受賞している蜂蜜だ。

|「グッドデザイン賞は単にデザインだけでなく、商品のコンセプトや地域への貢献も加味されて選ばれるんだそうです。瓶のラベルは八幡浜の八と蜂の八、それに蜂の翅のイメージをデザインしてもらいました」

恭司さんの目が輝いている。「伝統的な仕事であることが魅力」と、養蜂家になる決断をした恭司さんの若い発想と行動力が、すでに成果を見せていたのだ。哲夫さんが先代から受け継ぎ、千恵さん、それに恭司さんと繋いできた巣礎と蜂蜜の歴史に、新たな光が射している。

 

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