2025年(令和7年4月) 83号

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熊が出たら、これで闘え

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 今号の取材は、天気予報を見て2度も日延べをさせてもらったお陰で、福江島南端にある大浜養蜂場に吹く風は冷たいが空は清々しい晴天だ。純一さんと珠江さんが久し振りに内検をする大浜蜂場入口の草むらでは、菜の花の小さな群れが満開になっている。35群ほどの巣箱が並ぶ蜂場だ。

  「蜂の状況がいつもより遅れているのでね。梅の花も遅れていましたからね。今日は北海道から来たままの2段箱(継ぎ箱)の状態の群がかなりありますので……、余分な空間を詰めてやる作業ですね」

 純一さんが燻煙器を準備しながら、この日の作業内容を説明する。前日まで福江島でも雪が舞うほどの寒さだったり長雨が続くなど、天候が不順だったため、これまで北海道から移動してきた巣箱を内検することができなかった。純一さんが継ぎ箱の蓋を開けて蜂の状態を確認すると、継ぎ箱を重ねたまま横に回転させて移動させる。その継ぎ箱が置いてあった跡に内側をバーナーで焼いて消毒した単箱を置き、元の継ぎ箱から蜂児が居て卵のある巣板を蜂の勢いに応じて3枚から5枚ほどを、その単箱に移動させる。純一さんが珠江さんに声を掛ける。「お母さん“みす”が欲しい」。“みす”とは、蜜巣板のことだ。養蜂場の近くにも菜の花や椿の花が咲いているが、これから蜂数が増えていく時期としては餌として不足なので、前年に蜂が溜めていた蜜を搾らないままで保存してあった蜜巣板を与えるというのだ。中には「一握り」と表現しても良いほど少ない蜂数の群もある。そんな群には蜜巣板を2枚入れてやっている。「羽音のブーンという音が聞こえて、その状態を見ちゃったら助けない訳にはいかないですから。女王(蜂)は居るのが前提ですけどね」と言う。後で、他の群から蜂を持ってくるか、数の少ない群同士を合同するかの対策が必要となる。

 継ぎ箱から単箱に移動して空間を詰めているため、使わなくなった継ぎ箱と取り出した空巣を一か所に集めていた珠江さんが声を掛ける。「お父さん、ちょっと一息つくかい」。純一さんが応える。「うん、ちょっと待ってて、これ終わらせちゃう」。小鳥の鳴き声が傍の林から聞こえてくる。長閑な空気が流れる。純一さんと珠江さんの作業が淡々と続いていく。

 

 昼食の時、巣箱から少し離れた蜂場の端で珠江さん手作りの弁当を食べながら聞いた話題を一つ。珠江さんが結婚してすぐの頃、北海道の蜂場で仕事をしている時だ。「じいちゃん(義父)が私の近くに鉈を置いて『おたま(珠江)さん、熊が出たら、これで闘え。熊が狙っているのは、お前だ』と言ってくれたけど、闘えと言われてもね」と、珠江さんは懐かしそうに笑っているが、嫁に来たばかりの珠江さんを愛おしく思う義父の優しさが伝わってきた。

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