2015年(平成27年12月)9号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

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福岡県朝倉市板屋・甘木養蜂場

イチゴの花が咲いとるのは5日前後

サトイモ畑の脇にある6棟並んだビニールハウスに朝日が射している。午前7時には、丸山正勝(まるやま まさかつ)さん(66)と妻の弥生さん(63)がイチゴの収穫を始めていた。色付きの状態を目で確認しながら一つ一つ丁寧に摘み取って、押し車の上に載せたカゴにそっと並べていく。薄いガラス細工を扱うような慎重さだ。

|「あまおうという品種ですね。甘くて、丸くて、大きくて、旨いイチゴで、これを追い越すような品種は、まだ出らんとですよね」

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    イチゴハウスの入口横に甘木養蜂場の巣箱が2箱置いてある。3棟に1箱の割合だ。巣箱1箱でイチゴハウス200坪余りの花粉媒介をするらしい。

    |「ハウスにぴたっと着けんで、10センチは離しちゃおります。花粉は人間で言えばおかず。蜜が主食らしいですね。イチゴの花が咲いとるのは5日前後。その間に、蜂がクルクル舞えば立派な実になるな。1月とか2月に、どうしても陽が照らん日があってですね。そんな日は蜂が飛ばんけん。そういう時は、不受精果になりますね。蜂さまさまです。こう言う良か天気ばかりなら良かけど」

    ハウス栽培のイチゴの花は、10月下旬から4月末くらいまでが盛りだ。1番株から4番、5番株まで時期をずらしながら植え替え、収穫を長い間維持していく。その間、花粉媒介のために蜜蜂が働くのだ。

    今年は暖冬で、イチゴ栽培には良くないと正勝さんが言う。

    |「ハウスのビニールをいくら開けてても、33℃34℃になったりしよったですもんね。そっでイチゴが小さいうちに赤うなってしまうとですよ。しょうがないですもんな気象条件だけん。寒かればゆっくりゆっくり大きなって甘うもなっとですけどね。天候で左右されるけん、工業製品のごついかんですね」

    崇敏さんは数日に1回、蜂の状態を確認するため、蜂を貸し出しているイチゴ農家を内検に巡回する。

    |「丸山さんは、蜂の管理がしっかりしていて、いつも良い状態で蜂が返って来っとです」と、崇敏さんの正勝さんに対する信頼は絶大だ

    じわーっと開くると蜂は
    温和しいかいね

    桑野英一(くわの えいいち)さん(51)のイチゴハウスを訪ねると、長男の貴行(たかゆき)くん(12)と長女のまどかさん(7)が仕事を手伝いながら、2人で草角力をして遊んでいる。英一さんは、3代目のイチゴ農家だ。

    |「米が終わったら、イチゴですね。夜中じゅう地下水をハウスの屋根に掛けておくから、ハウス内の温度は2〜3℃は違うですよ。蜂に刺されたことはないごつある。巣箱の蓋をあんまりガバッと開けると刺すかい、じわーっと開くると蜂は温和しいかいね」

    英一さんも蜂の扱いには慣れているようだ。しかし、崇敏さんの顔を見ると何やら驚いている。後で、崇敏さんがこっそり私に話してくれた。

    |「ほんとは、巣箱の中の温度が下がるので、蓋は開けない方が良いんですけどね。蜂が元気にしているか心配なんでしょうね」

    英一さんにしてみれば、蜜蜂の働き一つでイチゴの出来が変わる関心事。蜂の動きが悪ければ、巣箱を覗いてみたくなるのだろう。

    イチゴを始めて22年になるかな

    イチゴの収穫をしていた丸山さん宅を、朝食後もう一度訪ねると、作業場でパック詰めが始まっていた。正勝さんが、収穫したあまおうを形と大きさ、色ごとに15ほどのランクに分けて重さを量りパックに詰めている。弥生さんは商品名が印刷されたフィルムをパックに掛けて出荷の準備だ。

    |「朝倉市では昭和45年ごろからイチゴ栽培が始まったちゃないかな。品種は変わっちょるですけどね。イチゴを始めて22年になるかな。ところで、私は杷木相撲甚句会で月2回稽古して、あっちこち呼ばれよっとですよ。もう11年過ぎたですね。若い頃は山にも登り剣道もしよりました」

    パックに詰めたイチゴの重さを量りながら、正勝さんが趣味の話を始めた。

    |「私たちの世代は、今週の明星ちゅうのをラジオから聴きよったですもんね。歌詞は知らんでも、メロディは頭に入っちょるですからね」

    すると弥生さんが、「カラオケやらも歌いますよ」と話に加わった。

    |「私が方がお父さんよりカラオケに行きますもんね。三輪(みわ)ん方にカラオケのステージがあっとですよ。聞きよる人がいっぱい居るとこじゃないと、面白ないですもんね。独りでこっそり歌うたっちゃ。温泉やらもよう行きますと」

    ただ黙々とイチゴのパック詰めをしているのかと思っていたが、丸山さん夫妻の暮らしぶりを覗かせてもらったような気分だ。仕事も一生懸命するけど、生活を楽しむことにも積極的なのが伝わってくる。

    いかにダニを駆除して冬を
    越させるか

    暖冬が続く今年は、越冬の準備をするには早すぎるため、蜜蜂の世話はお休み状態が続いていた。それでも数日置きには内検(内部検査)が欠かせない。崇敏さんが内検に養蜂場を回るのに同行させてもらった。中島田、馬田(まだ)、松延(まつのぶ)、三奈木(みなぎ)、堤と、5か所の養蜂場を巡った。

    崇敏さんが、巣箱の蓋をそっと開け巣枠の上を覆っているドンゴロスをはぐると、蜜蜂はまだ勢いよく活動している。

    |「まだジャンジャンの最盛期ですね。子がいっぱいおる。子ども産んでる所にダニが付くじゃないですか。一番気を付けないかんとが、もうほんとダニです。いかにダニを駆除して冬を越させるかが大事です」

    ダニの被害を防ぐためには、薄い板状になったダニ対策の薬を巣箱に入れておかなければならない。養蜂家が主に使っているダニ駆除剤の有効期限は、およそ6週間。その間に蜂が有効成分に触れ、巣箱の中で蜂がお互いに触れ合うことで成分が拡散していき、蜂の体に寄生しているダニの神経を麻痺させて駆除する薬だ。

    蜂の幼虫に取りついて栄養を
    吸い取るメスダニ

    専門的な話になってきたが、ダニがどのように蜂に寄生するのかを調べると、さらに小さな生き物の神秘の世界に引き込まれていくようだ。

    蜂に寄生するダニは、女王蜂の産み付けた卵が幼虫になる時期を狙って巣房に侵入してくる。女王蜂が卵を産み付けると、巣房は9日後に蓋がされる。巣房に蓋がされる15時間前にメスダニが幼虫の居る巣房に侵入し、幼虫の血リンパ節から栄養を吸収しながら、最初にオスダニの卵を一つ産む。その後は、メスの卵を産み続ける。最初に寄生したメスダニが、メスの卵を産み続ける一方で、新しく生まれたメスダニが成熟すると、最初に生まれた1匹のオスダニと交配する。女王蜂が卵を産み付けてから21日間経って羽化した蜂は、成熟したメスダニを寄生させたまま巣房から出て行くことになるのだ。

    こうしてダニは蜜蜂に寄生し、血リンパから栄養を吸い取って群全体を弱体化させていく。小指の先ほどの小さな巣房の中で、メスダニに取りつかれ、体液を吸い取られている生まれたばかりの蜂の幼虫の姿を思い浮かべると、自然の摂理とは言え憤りが込み上げてくる。

    餌も与えられないで
    追い出されるオス蜂

    ひと箱だけだが、巣門の前にたくさんの蜂の死骸が転がっていた。異変が起こっているのではと、崇敏さんに問うと、「オス蜂は自分で餌を食べられないんです。口移しでしか食べることができないんで、(冬を迎えようとするこの時期は)もう餌をもらえないんですよ」と教えてくれた。越冬のためにオス蜂は、巣箱から追い出されてしまうのは知っていたが、餌も与えられないで追い出されるとは驚きだ。過酷すぎる。

    巣箱から巣枠を一枚ずつ取り出して内検をしていた崇敏さんが、「蜜が入っていますね。蜜が圧迫すると、子を産む巣房が少なくなるので、今の時期、あまり蜜が多い状態は良いとは言えないんですよ」と、ぼそりと言う。暖冬が続き、蜜蜂の行動が活発なために越冬の餌にする以上に蜜を溜めているようだ。

    巣枠を覗くと、蜜が溜まってキラキラしている巣房がたくさん見える。素人には、蜜が溜まることは良いばかりだと思えたが、越冬に必要な量以上の蜜は、女王蜂が卵を産むための巣房を占領してしまうのでマイナス要素ともなるのだ。自然環境の変化に応じて活動する蜜蜂を、養蜂家にとって良い状態に持っていくのは難しいようだ。

    平塚の養蜂場では、「ここは風が強い現場なんで、蜂が向かってくる可能性があります。気を付けてください」と、崇敏さんが私に注意を促す。

    |「風が強いと、蜂の気が荒くなったりしますね」と、言うのだ。風が吹き付ける音を聞き続けていると、気持ちが落ち着かず不安になるのは、人間も蜜蜂も同じなのだと妙に納得した。

    地域全体で20トンもの
    レンゲの種を蒔いている

    崇敏さんの内検は滞りなく終わり、翌朝は、来春のためにレンゲの種を田んぼへ蒔きに行くことになった。

    首に手動の種蒔き機をぶら下げた崇敏さんが、田んぼの中をレンゲの種を蒔きながら勢いよく歩いて行く。畦から畦へ何度も往復しているうちに崇敏さんの顔には汗が噴き出している。甘木養蜂場だけで、レンゲの種を5トン蒔くのだという。他の養蜂場が蒔く量も合わせると、地域全体で20トンものレンゲの種を蒔いていることになるのだ。よく見ると、崇敏さんは、畦近くには種を蒔いていない。

    |「端には蒔かない方が良いんですよ。あまり端っこにレンゲをしこらせる(はびこらせる)と、農家が抄き込む時に困らさるけん」と、農家の仕事にも配慮しているのだった。2、3反のレンゲ畑に、1箱(群)の蜜蜂を置く。蜜蜂の数で言えば3〜4万匹である。甘木養蜂場はレンゲ畑を10現場持っていて、1現場平均25箱を置いている。つまり春のレンゲシーズンになると、100万匹ほどの蜜蜂がレンゲ畑を飛び交っていることになるのだ。

    |「レンゲは20℃を超えると蜜を噴くと言われています。シーズン中に2〜3回は蜜を採ります。ここらは、麦を作らなくなったですね。それでレンゲを蒔くことができるんですよ」

    自然の変化や社会の変化に対応しながら、言葉の通じない生物と心を通わさなければならない。養蜂という仕事の難しさだ。

    巣箱の蓋を開けておく時間を
    できるだけ短く

    取材最終日は、彪さんと禎子さんも崇敏さんと一緒に親子で、松延の養蜂場にある巣箱に設置していたダニ駆除剤を抜き取りに行くことになった。6週間の有効期限を過ぎて置いたままにしておくと、ダニに耐性が出来る可能性があるからだ。

    息の合った3人の仕事ぶりだ。崇敏さんが「燻煙係になろうね」と声を掛けると、禎子さんが「うん、いいよ。自己責任でして」と、応える。

    燻煙器の煙を巣箱に吹きかけながら、崇敏さんが蓋を開けてドンゴロスをはぐると、彪さんはさっとダニ駆除剤の板を抜き取る。間を置かず崇敏さんがドンゴロスを巣枠に被せ、禎子さんが越冬用の厚紙と蓋を被せていく。巣箱の中の温度を下げないため、巣箱の蓋を開けておく時間をできるだけ短くしたいのだ。小気味よいリズム感のある仕事ぶりに、親子の絆を感じさせた。

    全ての巣箱からダニ駆除剤を抜き取り終わると、崇敏さんは一つ一つの巣箱を両手で持ち上げ重さを調べた。越冬させるための餌の残量を確かめているのだ。もし軽い巣箱があった場合には、他の巣箱の蜜がたくさん入っている巣枠と差し替えておかなければならない。来春、2月の始めに目覚めの給餌をするまでは、なるべく蜂をそっとしておきたいと考えているからだ。

    取材を終えてから半月後、崇敏さんから「やっと越冬の準備が終わりました」と、電話をもらった。甘木養蜂場に時間の余裕ができる冬シーズンがやって来たのだ。汚れた巣箱の清掃や補修など、冬の間にしなければならない仕事はあるが急ぐことはない。気の抜けない蜜蜂の世話から解放された崇敏さんは、今日あたり好きなゴルフに行っているかも知れない。

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