2017年(平成29年11月) 1号<創刊号>

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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一つの球が5センチ以上あるのはA級

 秋の陽はつるべ落とし。午後3時を過ぎると、夕陽が働く人びとの影を長く延ばす。掘り出したショウガの選別を担当していた荒田広江(あらた ひろえ)さん(72)は、少し気が急いているようだ。土から掘り起こし、茎を切って土を払い落としたショウガを、A級、B級、C級の3ランクに分別し、それぞれのコンテナに入れていく係なのだ。掘り起こして茎を切る作業が終わっていても、分別をしなければならないショウガは畝の上に積み上げられたままだ。もちろん、他の仕事を終えた仲間が一斉に手伝ってはくれるのだが、責任を感じているのだろう。

 「一つの球が5センチ以上あるのはA級、5センチないものはB級。親ショウガと小さい球のはC級。分別してコンテナに入れてから、加工所にある室温15℃の貯蔵庫で2か月ほど寝かせておくんですね。腐れがあると、その間に出てくるんですね。責任があるので嫌なんです」

 茎を切る作業を終えた皆が一斉に分別に係る。畝の上に積み上がっていたショウガは、1つのコンテナに15キロずつみるみる収まっていった。

 帰り支度を始めた皆に赤木さんが声を掛ける。

 「皆さん、納屋の入口にショウガを準備しとりますんで、良かったら持って帰ってください」。出荷できなかった傷物のショウガを自宅用に持って帰ってもらおうというのだ。

「そりゃありがたいね」と、女性たちが喜んでいるのを見て、誰かが冗談を言って笑わせる。「それ持って、夢広場に行ったらいかんぞ」。鏡野町物産館「夢広場」で産直に出しては駄目だと言っているのだ。

「ショウガの収穫は初めてですから、色々教えてください」と、季節契約社員と一緒に

茎を切る長滝純子さん

ショウガの畝の上にケイントップを敷き詰め除草と土壌改良に努める

一輪車押してショウガの破片を拾って歩く

 季節契約社員の皆が帰り支度をしている頃、赤木さんと笹井チーフが、畑に散らばっているショウガの茎を見て、何やら話し込んでいる。

 赤木さん、「このまま鶏糞撒いて土に引き込もう思うて」。

 笹井さん、「霜に当ててトロッとしてから引き込んだ方がええですね。寒かったら、そのまま分解せんのですよね。前に牛糞入れるような話もしてましたけど、あれはええですね。植えるタイミングや土寄せのタイミングの結果が、全て収穫の善し悪しに出ますね」

 笹井チーフも加工場へ出荷に行き誰も居なくなった畑で、赤木さんが独りで一輪車を押しながら何かを拾って歩いている。

 「腐っとるのを、そのまま残しといたら来年作る時にようないいうから」と、収穫の時に傷や病気が見つかり、そのまま畑に放置されたショウガの破片を拾って歩いているのだ。

 「自分で植えた責任もあるしな。植物は動けんからな。人間は足があって動けるんやから世話してやらな思うてな」

 本物の百姓魂というのは、赤木さんのような作物に対する愛情の深さをいうのだと学んだ。

地球上で一所懸命生きてはるんですけど

 翌朝早く鏡野盆地は深い霧に覆われていたが、始業時間の8時30分になる前にはすっかり晴れ上がり、雲一つ無い快晴になっていた。誰かが声を掛けることもなく、時間前には全員で昨日残したショウガの掘り起こしに係っていた。「何としても今日中に終わらせよう」と意気込む皆の気持ちが伝わってくる。

 この日の作業は、昨日までと少々状況が異なっていた。昨日までは、一つの畝を終わらせてから次の畝の掘り起こしに取り掛かっていたが、この日は3列の畝を同時進行で横に掘り起こし、作業の形が線から面に変化している。土作りだけではなく、収穫作業の方法まで試行錯誤の2年目なのだ。

 「横々行くのはいいな。皆が密集してな」

 内海さんが嬉しそうに言う。

 しばらくの間、誰もが黙々と作業に集中していたが、髙橋さんが手招きして私を呼ぶ。

 「これがヨトウムシが喰った痕なんですよ。スズメガの幼虫なんですけどね。成虫になって桃の実やブドウの果汁を吸ったら、そこがスカスカになってしまいます。こっちは、ズイムシが茎に入った穴ですね」

 直径2センチほどの大きな穴が開いたショウガと直径5ミリほどの穴が開いた黄ばんだ茎を見せてくれた。

 「虫というのはろくなもんじゃないですね」と、ショウガの穴の大きさに驚いて声を上げると、「地球上で一所懸命生きてはるんですけどね」と、虫の生命を軽んじるような私の言葉を髙橋さんがやんわりと戒めてくれた。ヨトウムシやズイムシが生きていける健全な土壌であるともいえるのだ。

 髙橋さんが赤木さんに話し掛けている。

 「米作りよりは(ショウガ作りの方が)ええな」

 赤木さんが応える。「米作りは、だいたい決まってくるけんな。やりがいがある方がな」。

 髙橋さん、「これだけ出来たら、収益が上がるでしょうな」。

 赤木さん、「作物やけん、年々違ってくるけんな」。

 赤木さんは、連作障害が出てくるかも知れないという不安から、この同じ畑で来年もショウガを作るかどうか、迷いがあるようだ。「土壌消毒したのに、それでも出たん」と、誰かの噂をしている。

 「来年のことを思うて元肥をやろ思うてな。今度は牛糞を入れてみたら、ええか思うて」と、赤木さんの気持ちは、来年もこの畑でショウガを作る方向に大きく傾きつつあるようだ。

※ 記事中の会話では、ヨトウムシはスズメガの幼虫であると読めますが、正しくはヨトウガの幼虫です。しかし、会話の繋がりを尊重し、そのままとします。

大工の赤木さんが趣味として作ったバーベキューを楽しむ小屋を覗き込む

赤木さんが楽しみで育てている風蘭

草取りは作物の出来を左右する生命線

 鏡野盆地は、翌朝も深い霧に覆われていた。この日ショウガの収穫をするのは長滝規(ながたき ただし)さん(61)である。今年契約農家となり、初めてショウガを作った兼業農家だ。畑は、赤木さんと同じように自宅のすぐ裏にあり、昨年までは米を作っていた水田である。

 霧の中、ショウガの収穫をする季節契約社員の皆が長滝さん宅に集まってきた。「霧が出た日は天気が良うなる言うけんな。今日はええ天気になるよ」などと、言葉を交わしている。

 誰もが長滝さん夫妻とは初対面だ。妻の純子(じゅんこ)さん(57)が、「ショウガの収穫は初めてなんで、よろしくお願いします」と、ぎこちなく挨拶を交わしている。

 畑の周りの畦にコンテナを運び込むと、藤井さんがショウガライザーで外側の畝から収穫の準備を始めたが、畝の端の方では機械がUターンできないことが分かった。ショウガライザーがUターンできる空間を確保するため、長滝さんは畝の端のショウガを備中鍬を使って勢いよく独りで掘り起こし始めた。畑の持ち主としての責任感がそうさせるのか、10筋ほどある畝の端から2メートル余りを独りで掘り起こしてしまったのだ。

 「ここまでやっとったら、もうええじゃろ。腰が痛うなった」と、長滝さんが苦笑いして独り言のように言う。

 笹井チーフと顔を合わせた長滝さんが皆に聞こえるような大きな声で言う。

 「草取るのが大変、これ以上増やしたら、もうよう取らんな」

 座り込んでショウガの茎を切っていた妻の純子さんがすかさず冗談じみた声で応じた。

 「はい、(勤めが)休みの日はよう取らしてもらいました」

 2人の周りに和やかな空気が流れる。

 赤木さんの畑でもそうだったが「草取り」は、作物の出来を左右する生命線なのだ。この日の霧は昼前になってようやく晴れてきた。ショウガの葉に付いた朝露に濡れるのを覚悟して着込んでいたカッパを脱ぎながら純子さんが晴れ晴れとした表情で言う。

 「ショウガの匂いはいいですね」

 広がる青空、爽やかな風、土の匂い、作物の香り、一緒に働く仲間との会話、収穫の喜び。畑に居る時間は、人間が大地に生きる生物であることを改めて意識させてくれる時間であった。

一緒に作業をしていると、すぐに仲良しになる。契約農家の長滝純子さん(左)と

同じ姓の長滝人美さん

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