2018年(平成30年2月) 3号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7 赤レンガ館 2F

レモンは水を入れて肥料分をたっぷり

 翌日は、盛(さかり)港近くの作業場でレモンの撰果だった。

 製品、上缶、加工の3ランクに仕分ける。それに、もともと穫ってはないので少しだが、直径5センチ以下の小玉を選り分ける。

 製品として出荷するには、厳密な基準がある。 1)完全に着色していること 2)変形果でないこと 3)黒点病、かいよう病の病斑は2点まで 4)新鮮であることなど、である。

 レモンの大敵は寒害だけでなく、果実や葉、枝の表面に褐色の病斑が付くカンキツかいよう病がある。

 「ひどいのは畑の端の一本だけなんよ。やっぱり風が通るんやろな。他は東側の早生みかんの木が大きなっとるから、風が当たらんようになっとるけど」

 カンキツかいよう病の病原菌は細菌で、風や害虫が付けた傷口から拡散しやすいため風対策が重要なのだ。

 「レモン栽培の難しさは、今年みたいな寒さ。それと、やっぱりカンキツかいよう病ですね。風が当たる所はひどいんですよ。適地適作が本来なんでしょうけど防風ネットや防風林で風対策していても、かいようを防ぐのは難しいですね。冬のうちの防除が効果的なんですけど、収穫が終わらんとできんですもんね」

 「レモンは比較的、味重視じゃないもんで、盆地というか陽の当たりにくい所でもできるもんです。レモンとみかんは肥料が違うんです。レモンは甘うならんでもええんで、レモンは水を入れて肥料分をたっぷりあげて実を大きいすればええ。剪定はちょっと……、昨日のあの畑の状態はまずいですね。こぢんまりとまとめた方が良いんでしょうけど、今年みたいにえらい寒波が来るんやったら、逆に、上に葉っぱがないと怖い。何せ、霜が一番悪かったですね」

一つ一つ色付きと病斑を確認する愼さん

寒さで凍っている収穫前のレモンの実

一旦寒さで凍った痕はあるが加工品なら出荷できるレモン

コンベアの前に座って丁寧に撰果する美枝さん

猪の毛に付いた泥が触って

 収穫したばかりのレモンをコンテナから短めのベルトコンベアに移すと、ゆっくりと下へ送りながら、愼さんと美枝さんが2人並んで、色付き、サイズ、傷を確認して仕分け用のコンテナに入れていく。何か疑問が生じると、2人で額をよせて相談している。

 撰果を始めて間もなく、愼さんが刷毛で掃いたように泥の付いた実を私に示す。

 「猪なんですよ。奴らはミミズ捕るんでも柔らかい泥の土地から捕りたいんですよ。それで雨が降った後に畑に出てくるんです。撰果していると泥がかすったように付いたのがあるんです。それは、猪の毛に付いた泥が触って実に付いたんです。猪の毛は硬いんで、レモンが傷ついているかどうか確認しないと、後で傷みの原因になることがありますからね」

 実に付いている僅かな異変から、野生動物の生態や畑の状態を想像する感性は、農家ならではのものだ。実際に専業として農業を始めたのは、まだ8年だが、子どもの頃から両親の傍で仕事ぶりを見てきて培われたものなのだろう。

一旦凍ったレモンを輪切りにすると房には果汁がない

撰果の状況を見に来た船端勲さん(右)と今年のレモンの情報交換をする愼さん

寒さで凍ったレモンは根元に捨て来年の肥やしにする

今回のレモン出荷の世話人をしている船端さんの柑橘栽培には定評がある

盛港のJA柑橘集荷場で出荷作業をしていた髙本夫妻の長男の圭さん

撰果作業場から一足早く自宅に帰る美枝さん。作業所横の畑ではラッキョとタマネギを作っている

 愼さんと美枝さん夫妻にとっては、長男の圭さんが、自分たちが努力している農業をいつかは継いでくれる存在として大きな支えになっている。

 「この前は剪定する言うて、多少はやりよったみたいです。どっちかいうと(親からの)借金返しのために、仕事で返そうわい言うような感じですわ。農協の営農側におりますんで、やろうと思えば出来るし、ある程度は知識もありますから」

 「早いんよね。自分らがするより全然ね」

 「そりゃ早いわ。電動バサミでやりよりますんで」

 「私らやったら、やっぱり量も欲しいな思ったら、切るのをためらいますけど、それも関係なしで。以前はね、そやけん、止めてとか言いよったけど、最近はもう、してくれていいよという風に、私らも考えをちょっと変えて……。去年があまりにも大変で、小玉がね多かったんですよ、夏の(摘果)作業ができなくて。それで、ちぎるのにあまりにも時間が掛かってから……。やっても一園地ぐらいなんですよ。少しはね、やる気になってくれたら助かるんですけどね」

 「まだ、私らだけで20年もやらないけんわ、という感じですよ」

 圭さんの話題になると、愼さんも美枝さんも声が弾む。

 愼さんは昨日、レモンの収穫を終えると続いてデコポンの収穫もしていた。聞けば、9月下旬から4月まで、柑橘の収穫が続くのだと言う。どれ程の種類の柑橘を栽培しているのだろうか。

 収穫時期が最も早いのは9月下旬から始まる極早生温州の「日南の姫(ひなのひめ)」だ。10月上旬からは「日南」「岩崎」、続いて早生温州が2種類と中生温州が3種類と続く。普通温州「大津」で12月中には温州の収穫は全て終了する。それと前後するように12月上旬から中晩柑「はれひめ」の収穫が始まり、年が明けてからは「大三島ネーブル」「ポンカン」と続く。「レモン」は11月下旬から4月中旬まで断続的に収穫が続けられ、愼さんが作っている柑橘類は合計26種類にもなる。

 夫婦2人だけの作業で収穫に間に合わせるため、収穫時期が少しずつずれる品種を選び少量ずつ作っているのだ。

 愼さんは、撰果したレモンでコンテナが一杯になり、次のコンテナを準備する時には

必ずコンテナを裏返して中を払って設置している。そんな細かな仕草にもレモン出荷へ

の責任感を感じられた。

 撰果を始めてしばらくすると船端勲(ふなば いさお)さん(53)が様子を見に来た。船端さんは、盛地区の農家15、6軒で作っている柑橘農家の勉強会「恵回会」が発足した時から参加していて、今回の出荷の取りまとめを担当している。

 先日、出荷先である株式会社味彩の富永誠司社長との打合せの席で、「農家が変わると加工品でも味が変わる」と話す富永さんの言葉に敏感に反応していたのが、船端さんだ。

 「その違いがないと人間が作っとる意味がないですわ。逆に言えば、みんな一緒なんやったら、誰がどう作っても一緒なんやったら意味がないですわ。例えば、隣の畑で土地はそんなに変わらんかっても、人間が変われば違いが出てくるのは、自分でやっとってね、やっぱり分かるんですよね。今年は手が回らんかったなって思ったら、やっぱ、ようないですよ」

 剪定、水の管理、肥料、防除など、人の手で出来ることは誠心誠意努力しようとしている船端さんの自負が伝わってくる。年齢は愼さんの方が一つ上だが、柑橘の栽培では船端さんに一目置いている。一方、船端さんは「愼兄い」と呼び、愼さんに敬意を払う。幼い頃から共に地域で育った仲間の絆だ。

 船端さんは、撰果作業場で愼さんと細かな出荷の段取りを話し合って帰って行った。

量も欲しいな思ったら、切るのをためらいます

26種類の柑橘を半年掛けて収穫する

違いがないと人間が作っとる意味がない

旧自宅の玄関で飼っている愛犬モコは畑で生まれた野良犬で、一度は愛護センターに連れて行かれたが連れ戻して飼っている

翌朝の新聞折込の準備を終えてホッとした表情を見せる髙本さん夫妻

午前4時過ぎから始めた盛地区の新聞配達を終えて帰ってきた愼さん

朝4時に起きて夫妻で新聞配達

 実は、愼さんと美枝さん夫妻は、毎朝、盛集落の新聞配達もしている。長年母親の美津子さん(77)が仕事として新聞配達をしてきたが、高齢になった母親の仕事を助けるため愼さんが配達の一部分を肩代わりしていた。しかし、最近になって母親が体調を崩したため、愼さんと美枝さんで肩代わりすることにしたのだ。そのため畑仕事を終えた夕方からは翌朝新聞の折り込みを準備し、毎朝4時に起きて、4時10分に今治市内から来る新聞を160部ほど配達している。

 現在、髙本夫妻と長男の圭さんの3人は美枝さんの実家で生活しているが、愼さんが高校卒業してからすぐに始めた布地裁断の工場が、現在は新聞配達の拠点になっている。訪ね行くと、大きな白い犬が甘えるように吠える。モコという名の愼さんの愛犬だ。

 「どうも畑で生まれとったみたいですよ。畑で野良犬のようにしていたんです。しばらくミルクとパンをやって可愛がっておったんが、急に居らんようになって、探したら松山市の愛護センターまで連れて行かれとってですね。もう何日の命だったところを連れ戻しに行ったんです」

 命への優しさを秘めた愼さんの思いやりを聞いていると、29年間連れ添った美枝さんが、憧れのスターを見るような眼差しを愼さんに注ぐのはもっともだと思えてきた。

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