2018年(平成30年3月) 4号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
この日の収穫を終えて単車で自宅へ帰る東和歌子さん。高齢者の島の移動手段はほとんどが50ccの単車だ
キンカン畑での作業をし易くするため、鳥害避けの漁網を中から竹で支え上げている
「娘の婿から貰った」帽子を被り、キンカン畑の入口で笑顔を見せる東三夫さん
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和歌子さんのキンカン畑は、県道40号線すぐ脇の一段低い場所にあった。県道から見下ろすと、和歌子さんのキンカン畑も全体が鳥害避けの漁網で覆われている。約束の時間に遅れて到着すると、和歌子さんは足を引きずりながらも収穫に励んでいた。
「なんせ足が痛いからあかんのよ。小指の付け根の所が割れてきよるのう、薬は付けよんのじゃけどよう。消毒してないからよ、ピューレ(加工品)ばっかしで恥ずかしいわ。佐和子さんは独りで偉いよ。独りで消毒やって肥えやって。それでも、ええキンカン出来とるから楽しみもあるやろけど。うちでは、もうキンカンは仕舞いにしよう言いよんのじゃけど、年が年やから」
和歌子さんは収穫に追われて、疲れ気味のようだ。最初は気付かなかったが、和歌子さんの畑のキンカンを間近で見ると、小さな黒い点々が付いている。黒点病だ。こうなると生食用では出荷できず、加工品としての出荷となる。当然、出荷価格は低くなり、収穫に励む意欲が落ちてしまうのもやむを得ないことだ。
「もう黒点あったら買うてくれんのやからのう、農協に。やっぱり消毒やのう、消毒せなあかんのや」
和歌子さんは、すっかり収穫の意欲が萎えている様子だ。
消毒してないからよ、
ピューレばっかしで恥ずかしいわ
足の痛みを抑え、キンカンをハサミで切り取る和歌子さんは、
今年の出来映えに表情が晴れない
「足が痛い」と一升瓶のケースに腰を下ろして
キンカンの収穫をする和歌子さん
ひょっこり訪ねた佐和子さんの畑でキンカンをもいで口にする和歌子さん。
「皮は柔いし甘いね。酸味もええね」
全体を漁網で覆った和歌子さんのキンカン畑。右から奥にかけては三夫さんが
草取りをする柑橘類の畑
「消毒してないからよう、きたないからよう、恥ずかしいわ」と言いながらも、
和歌子さんは自らを奮い立たせて収穫に励む
手造りの小さな椅子に腰掛けて香橘の木の下の草を三叉鍬を使って取る三夫さん
バラス道、毎晩、電池持って走ったがよ
そこへ隣の畑から漁網を潜り抜けるようにして夫の三夫(みつお)さん(85)がやって来た。
「消毒する機械が故障してよ。体も悪うて、消毒ようせなんだ。浜岡さんとこのキンカンとうちのと比べたら大人と子どもや」
三夫さんは隣の柑橘類の畑で、草取りをしていたのだ。難聴で、会話はほとんど筆談に頼るしかないが、和歌子さんは何度も何度も大きな声で話掛け、何とか会話をしている。三夫さんは、3時の休憩をしたくてキンカン畑に来たようだ。
「茶でも飲まい」と、しきりに私を誘って缶コーヒーを手渡してくれた。
「大島村の時代には、串本町と合併する時の競技会で16キロぐらい走って優勝したこともあるんやけど、年きたらあかんのう。この足の痛うなり方は若い時に無理したからやのう。まだ舗装されとらんバラス道やがのう、それを自衛隊まで毎晩、電池(懐中電灯)持って走ったがよ」
難聴のために、三夫さんの話し声はだんだん大きくなっていく。三夫さんが昔話をしたため、和歌子さんは嫁に来た当時のことを思い出したようだ。
「実家がね、散髪屋。嫁に来てから店出してもろうて、散髪屋しよるんよ。実家でも手伝いはしよったけど、三重県の理容学校へ行って、それで習うたんよ。忙しかったよ、そん時ゃよう、42年前。280円から始まったんや。航空自衛隊の基地がすぐ近くにあるんでぇ、月2回、来てくれ言われて行きよったで。店に来る時には、予約はいらんのよ『今から行くよ』と電話してもろたら、ええんよ。それでも、よう来ん人あるからね、そういう人は出張で家へ行くんよ」
新婚時代の良き思い出であり、和歌子さんの華やいだ時代でもあった。
三夫さんは長い間、漁師として地元の大敷網(定置網)船に乗っていたが、それ以前には短い期間だったが、タンカーに乗っていた。結婚する前の話だ。
「漁師になる前にタンカーに半年行ってきたんよ。タンカーに乗っとった時は海南と下津とを基地としてなあ、神戸、名古屋、横浜と3つ所へ通ったがや。その時に修理でのう、静岡県清水ののう、三保の松原のとこで、45日ぐらい居ったわ。タンカーには半年しか乗らなんだ。胃潰瘍をやったもんやから」
三夫さんの話を引き取るように、和歌子さんが話し始めた。
「そしたら、親が寂しいて『帰って来い』言うてね。それで帰って来たんよ。母親が海の見える所へ行って、『みつおーっ、みつおーっ』って、大きな声で泣いたらしいで」
この日のキンカンの収穫は、お茶の時間が長くなってしまい、ここで終了となった。夕飯の支度があるからと、先に帰った和歌子さんに続いて三夫さんが畑に猪の侵入を防ぐ柵を閉じようとしていた。三夫さんが被っている帽子を見ると、黒地の鍔に金色の刺繍が施された若者受けする模様だ。どうして手に入れたのかと尋ねると、嬉しそうに教えてくれた。
「こりゃ、娘の婿がくれたんや、エヘッ……」
黒地の鍔に金色の刺繍
こりゃ、娘の婿がくれたんや
畑の入口で猪の侵入を防ぐ柵を閉めた三夫さん。
農作業用と外出用の帽子とは使い分けている
居間の炬燵でお茶をご馳走になった私を、
三夫さんが玄関で見送ってくれた
水仙を手にして、和歌子さんがちょっと戯けた表情を見せる
収穫してきたキンカンを夕食前に作業場で選別器に掛ける三夫さん
「嫁に来てから店出してもろうて、散髪屋しよるんよ。42年前。280円から始まったんや」。
和歌子さんが今も守り続ける東理髪店
東さん夫妻の後を追うように、樫野集落を訪ね迷路のように繋がっている路地を歩いていると、東理髪店を発見。切妻屋根の下に「東理髪店」の看板が可愛らしい。店から少し入った作業場で、大相撲をテレビ観戦しながらキンカンの階級分けをしている三夫さんの後ろ姿が目に入った。声を掛けるが気付かない。写真を撮らせてもらおうと、横から覗き込むと驚いた様子もなく「ここは私の仕事場です。選ってるとこ見やる(見ますか)」と、作業場に招き入れてくれた。
三夫さんが階級分けをしている様子を撮影させてもらっていると、左手人差し指が根元から無いことに気付いた。
「15年前、70(歳)の時に漁をしよって、この指をローラーに巻いて指切ったんで、それで漁師をやめたたい。うちへ上がって茶でも飲まい(飲もう)。うちへ上がれ」
三夫さんから誘われて居間の炬燵に二人で入りテレビを見ていると、隣の台所から夕飯の準備をしていた和歌子さんが声を掛けた。
「この人、毎日のおかずに困ったるんや。タマネギ食べん、ニンニク食べん、ニンジン食べん、ゴボウ食べぇせんしな。漁師やったから魚があったらええんやから」
百姓は暇ないのう。ここらの百姓は金にならん……、あかん
翌朝も、和歌子さんのキンカン畑を訪ねた。和歌子さんは、すでに収穫を始めていた。足の痛さは和らいでなさそうだ。時折、一升瓶ケースを椅子代わりにして座りながら、収穫している。
「ピューレ(加工用)なんよ。無農薬やからええと言うてくれる人もあるけど……」
和歌子さんは、取り返しのつかない今年の失敗を、何とか慰め、収穫の意欲を掻き立てようと自分に言い聞かすように、昨日と同じことを口にしている。
「10万円出して(鳥害避けの網を)してもろたんやわ。そしたら、おじさん(夫の三夫さん)下に垂れとる網を切ってしもたんやわ。それで周囲を囲まないかんようになって……」
いやはや、三夫さん、とんでもないことをしたもんだ。三夫さんを探すと、キンカン畑隣の柑橘類の畑で草取りをしている姿を発見した。小さな手造りの椅子に座ったまま三叉鍬で草を掘り起こし、手で引き抜いている。遅遅として進みそうもない作業に思えたが、小一時間もすると根元の周りはすっかりきれいになっている。筆談で柑橘の種類を尋ねると、「香橘(こうきつ)」だと教えてくれた。
「このミカン、ぼくらの子どもの時はなかった。そやから、このミカンが出来てから50年ぐらいと違うかい。ぼくら、子どもの時やったら夏ミカン。これは酸っぱいでしょ。それから甘夏に変えたんや。ぼくら子どもの時には甘夏以外は無かったんや。今は、ミカンの新種を開発しているから、もう少ししたら、ぼくら名前を知らんミカンが出てくるのと違うかい」
大きな声でミカンの話をする三夫さんだが、手を休めることなく草取りを続けている。たまには小さな椅子から腰を浮かして草取りに夢中になっている。しばらく黙々と草取りをしていた三夫さんが、急に、手を止めた。そして、私に向かって大声で言った。
「百姓は暇ないのう。ここらの百姓は金にならん……、あかん」
胸の内に溜まっていたやり切れない思いが、突然、私に向かって噴き出したようだ。しかし、大声を発した後の三夫さんの表情は穏やかで淡々としている。再び、黙々と三叉鍬を使い、草を取る作業を続けている。三夫さんの耳には、どんな音が聞こえているのだろうか。三夫さんの胸の内には、どんな思いが詰まっているのだろうか。声を掛けても届かないもどかしさを感じながら、傍らに居続けるだけだった。
タマネギ食べん、ニンニク食べん、
ニンジン食べん、ゴボウ食べぇせん
県道40号線沿いには山桜がちょうど満開を迎えていた
樫野地区にある樫野埼灯台は1870(明治3)年に初点灯された
石造り・閃光灯としては日本最古の灯台。手前は元官舎を利用した資料館
三夫さんが長年乗っていた大敷網(定置網)漁をする漁船が停泊する樫野漁港
近くから切り取ってきた水仙を手にする和歌子さんと佐和子さんの仲良し2人組が少し戯けて記念写真に収まった
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