2021年(令和3年9月) 56号

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 交尾に行ってない、もう駄目かも

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 内検を続けていた髙橋さんが、突然、戸惑ったような声を出す。

 「30日に未交尾を確認しているんですけど、未だ産んでいないですね。交尾に行っていないですね。もう駄目かも知れませんね」

 未交尾の新女王を10日ほど前に確認したのだが、産卵が確認できないと言うのだ。新女王が誕生して1週間から2週間の間には交尾飛行に飛び出し、交尾から戻ればすぐに産卵が始まるのが通常だ。まだ日数的に、産卵の可能性がなくなった訳ではないが、越冬前のこの時季に産卵がないとなれば痛手は大きい。

 ポツポツと雨が降り始めた。髙橋さんは少々やる気をなくしたようだ。

 「これくらいの季節になると、そんなに詰めて見なくても大丈夫なんですよね。ちょうど雨も降ってきたので……」

 内検を打ち切って、昼食に行くことになった。

 トラックに乗って若畑蜂場を出発した後、高下(こうげ)養蜂場へ立ち寄った。

 高下養蜂場は、奥羽山地の自然に分け入る林道を進んだ木立の中にあった。オオスズメバチ対策のために蜂場全体をパイプで骨組みしネットで覆っている。髙橋さんがトラックに乗ったまま蜂場の周りを一回りし、スズメバチの来襲がないことを確認していた。ちょうど回り終えようとした時、突然、トラックを停めて捕虫網を手に運転席を飛び出していった。コガタスズメバチ1匹が来襲してきているのに、気付いたのだ。髙橋さんがさっと捕虫網を横に払うと見事に捕らえられ、網の中でもがいている。運転席に持ち歩いていた蜂蜜の瓶を取り出して、捕らえたコガタスズメバチを瓶に入れた。

 それにしても、蜂場全体をネットで覆ったオオスズメバチ対策は他で見たことはない。

 「巣箱に捕獲器を付けるよりは良いと思いますよ。でも、ここは春から秋まではすごく良い所なんですけど、いかんせん雪が深くて冬が厳しいから、ネットも撤収してパイプも解体しちゃうんですよ」と、髙橋さん。設置と撤去の苦労はそれなりにあるらしい。しかし、オオスズメバチが大挙して押し寄せ、蜜蜂が全滅という被害の心配はしなくても良い心の平安を言っているのかも知れない。

 高下蜂場の帰り道、髙橋さんは和賀川の上流にある沢でトラックを停めて、先ほど、若畑蜂場での内検の際に取り出した蜂の子を川に投げ込んだ。「ヤマメ、イワナ、ウグイがちょっとかな、上がってきているので餌になるんです」と言う。なるほど子どもの頃から馴染んだ沢釣りが趣味という髙橋さんだからこその発想だ。

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