2021年(令和3年9月) 56号

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蜂屋って暇ないですもん

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 「圧迫し始めていますね」と、巣板を覗き込むように内検を続けていた髙橋さんが、巣板の状況を私に伝えてくれる。巣板に蜜を溜める場合、巣板の上部から半円を描くように蜜を溜めていき、巣板の中央から下は女王蜂が卵を産み付けていくのだが、「圧迫」というのは、蜜を溜める巣房の場所が増えて卵を産む巣房が少なくなっているという現象だ。

 「もう少しは卵を産んで欲しい時期なんだけど……。春先には花粉で圧迫する場合があるんですよ」と、説明する。しばらく内検を続けていた髙橋さんが、「あっ、産んでくれた」と少々大きな声を出した。数日前に入れた新巣板に卵を産んでいたのだ。「ほんと、あいつら、新しいのを嫌うんですよね。跨(また)いで行くんですよ」。卵を産んだことで、蜜蜂が新巣板を受け入れてくれたことがはっきりして、髙橋さんはひと安心なのだ。

 「今の時期に、これだけ居てくれればね、安心して眠れますね。まあまあ良い方ですよ、今年は。もっともっと勉強して、怠けたら駄目。もっと早起きして、精進してやらなきゃ。好きで自分で始めた仕事だから。来年、理想としては150群以上あれば、思っていることが色々と出来ますね。今年頑張らなきゃ。兎に角、蜂屋って暇ないですもん」

 「都会でも蜜蜂を飼えます」と書かれた新聞広告が、髙橋正利さんの第2の人生を開いた。アシナガバチの幼虫を釣りの餌にしたり、マルハナバチの尻尾を取って蜜を吸ったり、魚を突き、山菜を採り、キノコ狩りをして、サワガニを捕って、体に刻み込んだ自然体験の記憶は、大都会でレスキュー隊として仕事をしている間にも薄れることはなかった。いや、むしろ生物的反応として、体験の記憶が髙橋さんを支えていたのではないだろうか。だからこそ、たったひと言の新聞広告に反応したのだ。体に刻み込まれた一つひとつの故郷の記憶が、蜂飼いとなった髙橋正利さんを支えているに違いない。

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