2021年(令和3年10月) 57号

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料理の手順

 「田舎のお母さんが、朝仕込んで夜まで炊いて、晩ご飯に食べるという料理ですが、今日は、圧力鍋を使って短い時間で作ります。肉の処理が大事な料理です。豚の軟骨はスペアリブの先っぽですね。シンプルな材料でシンプルな味付けで、うちの実家でも、よく食べたんですけど、出来上がるのが待ち切れんで食べて、軟骨がゴリゴリしていましたね」

 市川和希料理人が子どもの頃を懐かしむように、本日の料理を活き活きと説明し終えると、調理が始まった。大きなボゥルに準備した氷水に豚軟骨1㎏を浸す。約10分、肉をやさしくほぐすように浸していると、僅かだが氷水が濁ってきた。

 「氷水に肉を浸けると、身が縮むので、繊維の中に混じっていた血などが出て臭みが取れますね」と、和希料理人。10分ほどで氷水から豚軟骨を取り出し、続けて大鍋に沸騰させておいた熱湯に潜らせる。

 「ここで更に肉の身を縮めて臭みを取るんですが、最初から熱湯に潜らせて臭みを取ろうとすると、肉から滲み出した血など臭みの成分が肉の表面に付着してしまって、臭みが完全には取れないです。これを和食の世界では霜降りと言いますね。表面だけを加熱した状態で白く霜が降りたようになりますが、中身は生のままです。うちの子どもが今、離乳食の時期なんですけど、鶏のササミを食べてくれないと嫁が悩んでいたので、事前に氷水に浸して血抜きをしてみたら、パクパク食べてくれるようになりましたよ。この霜降りをした濁り湯を出汁と勘違いする方がいるのですが、これは臭みの素ですから」

大鍋の熱湯を捨て、表面が白くなった豚軟骨を圧力鍋に入れる。

 「圧力鍋の半分より上まで肉があった方が良いですね。そこに水をたっぷりめに入れます」

 鍋の中に圧力が掛かり蒸気が噴き出してくるまでは、強火だ。蒸気が噴き出し始めたら、蒸気が噴き出す状態を維持できる程度まで火を弱める。その後40分間、この状態を維持する。「沸騰するまでは、どんな料理でも強火なんですけど、タイマーを掛けた後は、火力を落として、焦げ付くリスクを減らします」と、和希料理人。

 圧力鍋が蒸気を噴き出している間は、待つだけだ。40分間が経てば、火を止め、自然に鍋が冷めるのを待つ。

 「鍋が自然に冷めていく間の圧力も料理法のうちなので、水を掛けて圧力鍋を急に冷ましたりはしないでくださいね」

 圧力鍋の蓋が開けられるようになるまで待ってから、豚軟骨を取り出す。軟骨はすでに骨というよりプルプルしてゼラチン状態だ。

 「肉を取り出した後の汁をカレーなどに使うと、とても美味しくなります。(今回は使わない)続いて、別の鍋で豚軟骨を煮込みます。豚軟骨を入れた鍋に本ミリン120ccと濃口醤油120ccを加え、最後に蜂蜜80gを加えます。蜂蜜は比重が高く鍋の底に沈んで焦げ付きの原因になりますので、できるだけ肉の上に掛かるようにして蜂蜜が鍋の底に沈まないようにします。最後は、水を250ccです。水よりは料理酒などの方が美味しくなるのではと考える方がおられるかも知れませんが、料理酒を使うと別の物になりますので、ここでは水が良いのですよ。それと、ミリン風味の調味料という物がありますけど、あれはそもそもミリンとは違うものですから、あくまでも本ミリンを使ってください。今回は豚軟骨以外、調味料しか入らないので、本物の調味料を使うことが大事になってきますね」

 鍋を火に掛ける。最初は強火で沸騰してからは、グツグツと泡立つ状態を維持できる程度まで火を弱め、約10分。その間に時折、両手鍋の柄を持って鍋をゆっくり振り回し、時には鍋を返すように大きく振って肉全体に調味料が絡むようにする。焦げ付きを避けるためでもあるのだ。甘辛い醤油を炊く香りが厨房に満ちてくる。

 「肉を炊いている時に出るアクは取る必要ないです。肉の処理は充分にしてあるので、取れば逆に肉の風味がなくなりますからね。この香り、何か子どもの頃を思い出させてくれますね。学校から帰って台所を覗いた時に見えた母親の後ろ姿を思い出します。10分経ちました。良い感じで照りも出ていますね」

 深皿の縁に辛子を置いて盛り付けた豚軟骨の蜂蜜煮込み。あしらえとして結び三つ葉と松葉ユズが添えてある。

 「結び三つ葉は縁起物ですね。2つの縁が結ばれるようにという願いを込めています。青ユズは香り付け。それと、豚軟骨の蜂蜜煮込みは、卵とじにして他人丼で食べるのも美味しいですよ」

 豚軟骨の蜂蜜煮込みは箸で分けられるほどにトロトロだ。一塊を半分にして口に運ぶと、ユズの香り、三つ葉の香りが鼻に抜ける。軟骨の存在はまったく感じない。ねっとりとした塊が口の中でとろけていく。赤身の僅かな歯応えが肉を意識させ、甘辛い味付けだがくどくはない。気付くと5つの塊を一気に戴いていた。この数日で急に冷え込んだ深まる秋の寒さに耐えるエネルギーを得たようだ。それにしても、白いご飯か焼酎のお湯割りが欲しいと思うのは我が儘だろうか。

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