2021年(令和3年10月) 57号

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トチノキの大木が減っている

 翌朝、工場の中で美穂さんが、空の巣箱や巣板を軽トラックに積み込み、折越蜂場へ出掛ける準備をしていた。

 「一番奥の蜂場なんで、蜂たちを越冬させるために巣箱を山から平地に持って来る予定なんです。平地だと、まだ、アワダチソウとか花粉を採らせることができますから。それとスズメバチ対策ですね」

 美穂さんの動きはキビキビと早く、言葉の威勢も良い。美穂さんが1人で蜂場の管理をしている自負と勢いが伝わってくる。

 「折越蜂場はトチ蜜を採る蜂場なんですが、今年は不作でした。今年はどこでも不作なんで……。花は見えているけど蜜が入らない状態で、ゼロではないけど、いつものようには採れなかったですね。梅雨がズレている感じなんです。花の時に雨になるとか……。花の時季が以前は長かったです。最近は短くなっていますね」

 気候変動が、養蜂家の仕事に微妙に影響を与えているのだ。

 折越蜂場へ行く途中、折越峠を越えて下りに掛かった林道で、美穂さんが軽トラを停める。道路脇を見ると、樹齢約350年、樹高18mの「大栃の木」が聳えていた。

 傍らの看板によると〈栃は村人にとって昔から極めて重要な存在であった。木は銘木(木挽き職)・段木(つだ・美濃大柿の放言・薪)、また食器類(木地職)として、花からは蜂蜜を採取して、実は栃餅・サワシ栃などを作り、村の生活に貢献してきた。特に、栃の実は米・稗など不作の年は、重要な食物として飢饉から村人を救った。村人は現在も「栃の木」を崇めている〉とある。

 美穂さんは、と探すと、大栃の木の根元で、俯いて何やら探し物をしている。

 「栃の実が落ちていないかと思って……。栃の実を見せてあげようかと思って……」。美穂さんは、村人が食物とした実を、私に見せようとしていたのだ。時季がずれているため、なかなか見つからなかったが、ようやく1つだけ朽ちかけた実を見付けることが出来、掌に載せて見せてくれた。

 「最近はトチノキの大木を見付けて伐採しているので、トチノキの大木が減っているんですよ」と美穂さんが深刻な話をする。気候変動や流蜜植物の減少などが、自然の恵みで仕事をしている養蜂家に打撃を与えているのだ。

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