2021年(令和3年10月) 57号

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ビニールの端を口にくわえて飛ぶ

 この日の内検は右側の木立ちに囲まれた蜂場で始まった。燻煙器に火を入れ、餌の花粉の袋を2つに切り、食用と間違えないように青く色付けされた砂糖水も準備する。通常の内検なので、卵の有無や餌の不足を確認し、群の勢いを見ることが目的だ。美穂さんが蜂場の奥に置いた巣箱から内検を始めると、すぐに数匹の蜜蜂が面布の周りを執拗に飛び始める。

 「この蜂場は日陰なんで、(蜂が)怒りやすいと言えば怒りやすいんですよ」と、美穂さんは仕方が無いという感じで内検を進めているが、時折、蜜蜂を穏やかにするため、自分の顔を目がけて燻煙器の煙を噴き掛けている。慣れているとはいえ、蜜蜂に纏わり付かれるのは嫌なものなのだ。

 巣門から黄色いビニールが出ている巣箱がある。蜜蜂たちが群がっているのを見付けた。美穂さんに確認すると、餌の花粉を食べ終わった後で包んでいたビニール袋を、蜜蜂が巣箱から引っ張り出そうとしているのだと言う。巣枠の上に置いてあった空のビニール袋を巣門まで運んでくるだけでも大変な仕事だ。どの様にして狭い巣門から引っ張り出そうとしているのか、蜜蜂たちの仕事ぶりをしばらく観察していた。

 ビニールの端を口にくわえて、両脚で抱き抱えるようにして飛ぶ。もちろん、それで引っ張り出せる訳ではないので、「よし今度は、私が挑戦してみる」というように、次々と蜂たちが入れ替わり、口にくわえて飛ぶ行動を繰り返している。中にはビニールの端がちぎれて、そのまま蜂場の端まで飛んで行くことができる蜂も居る。しかし、巣門を塞いでいるビニールが目に見えて小さくなる気配はない。その間にも、花粉団子を両脚に付けた外勤蜂が巣箱に戻ってきて、ビニールで狭くなった巣門の端からゴソゴソと中に入っていく様子も見える。なんとも賑やかな巣門だが、蜜蜂たちの健気な働きに感動する。40分間ほど観察していたが、結局、ビニールを巣門から引き出すことは出来なかった。美穂さんが、その巣箱を内検する順番になり、美穂さんが一瞬で引き抜いて、ビニール騒動は終了を迎えた。巣門は先ほどまでの喧噪が忘れられたように、穏やかな状態に戻っている。

 内検は終わろうとしていた。餌が不足している群の給餌箱に砂糖水を注いだ後、美穂さんがわざと巣枠の上に砂糖水をこぼす。「餌をやったぞという合図です」と美穂さん。愛し子をあやす母親の心境なのだ。

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