料理の手順
「今年の元日には、市房山(いちふさやま 1721m)に独りで登ってきました」と、桑原研郎シェフ。「家族は」と聞くと「呆れてますもん。気が知れんという感じですもん」と答え「山は良いっすわ」と、研郎シェフが清々しい表情を見せる。心身共に健康に過ごす研郎シェフの一面を垣間見た思いだ。
「本日はホールトマトを使ったトマトソースのスパゲッティを作ります。ホールトマトは酸味が強く酸っぱ過ぎるので、生姜を摺りおろして蜂蜜を加えます。生姜と蜂蜜は相性が良いですよね」
料理全体のイメージを説明した研郎シェフが「トマトソースからいきます」と言って、ニンニク1片の薄皮を剥き、縦に細く包丁を入れてからみじん切りにしていく。
「これを鍋に入れ、そこにオリーブオイルを入れます」と、直径15㎝ほどの片手鍋の底全体にオリーブオイルが溜まっている。「大さじ3杯くらいですかね」と研郎シェフ。「中火に掛けます。すぐニンニクが焦げちゃうんで……」と言いながら、細かく片手鍋を揺すっている。ニンニクの香りが厨房全体に立ちこめる。数分経つと「トマト缶を入れます」と、ホールトマトを一気に鍋に入れた。ジュジュジューッと大きな音がした後、静かになる。「これしばらく煮込みます。最初だけ強火で、後は弱火でいきます。煮込んでいる間に生姜を摺りおろします。皮は剥きますね」と、研郎シェフ。
親指よりは少し大きめの生姜を陶製の丸形おろし器で摺りおろす。火に掛けてある鍋からグツグツと音がし始めた。研郎シェフがヘラで少し掻き混ぜてから、煮立った鍋に摺りおろした生姜を加え、続いて蜂蜜大さじ一杯を加えた。鍋をスプーンで掻き混ぜる音がシューシューと聞こえてくる。「これに塩を一つまみ入れます」と塩を加え、味見してから「後でもう少し(塩を)入れます。甘みと酸味と……、独特の味ですね」。研郎シェフ納得の味なのだ。グツグツと鍋が煮たってきた。
研郎シェフが火を止める。「先にソースを作りますね」。皮を取ったニンニク1片をまな板に置き、縦に包丁を入れてから丁寧にみじん切りにしていく。それをフライパンに移し、オリーブオイル大さじ2杯を加えて火に掛けた。時々、フライパンを揺すりながらニンニクを炒め、これに生牡蠣8個を加えて、白ワイン10ccを入れる。ジュジュジューッとフライパンの中が泡立つ。牡蠣をトングで裏返していく。牡蠣の状態を見ながらフライパンを揺すり続け、牡蠣にギリギリ火が通ったのを見極めると火を一旦止める。「ここでトマトソースを入れます」と、先に片手鍋で作っておいたトマトソースをフライパンに入れ、再び火を点け、左手でフライパンを揺すり、右手に持ったヘラで全体を混ぜ合わせる。ジィジィジィーッとフライパンの音が少し変わる。ここで一区切りだ。
研郎シェフが「パスタ鍋に塩を入れます」と沸騰した寸胴鍋に塩を大さじ3杯入れると、すぐにスパゲッティ110gをパラパラと入れた。「これから7分半です」とタイマーをセットする。
「麺にしっかり味が付いてないとスパゲッティは美味しくないんですよね。不思議なんですけど」と言いながら、研郎シェフは弱火に掛けたフライパンの柄を左右に揺らすようにしている。時折、スプーンで味を見て「ちょっとずつ塩を足しますね」と、微妙な塩味を調整している。「水分が無くなると麺にソースが絡むんですよ。イタリアのスパゲッティは麺とソースが絡んだ状態で出すんですよね。麺と絡むくらいまでソースを煮詰めてから火を止めます」と、一旦火を止める。
ほどなくピッピッピッとタイマーが7分半を告げる。研郎シェフは即座に茹で上がったスパゲッティをステンレスの湯切りザルで掬い取り、湯をさっと切ってフライパンのソースの中に入れた。「ちょっと煽(あお)りますよ」と、近くで撮影をしていた塩川カメラマンに注意を促すと、フライパンを大きく前後に揺すり麺とソースを絡め、一気に皿に盛り付ける。「この上に刻んだ生姜を載せます」と、湯気の立つスパゲッティの上に千切りにした白い生姜を載せる。黒い皿に盛られた赤いスパゲッティの頂点に白いアクセントが載ると、食欲が一層増す色合いとなった。
湯気の立ち上るスパゲッティの中に牡蠣を見付け、最初に戴く。プリッとした食感。続いてスパゲッティを口に運ぶ。濃厚なトマトソースの味。ふっと思い出す。濃厚なトマトソースのスパゲッティを食べる時には、みじん切りにした玉ネギや人参が絡んでくるものではないのか。
「玉ネギや人参は甘いのでソースに入れたら美味しいんですよ。でも、今回はそれらの野菜を入れないでホールトマトだけで簡易にトマトソースを作り、不足する甘みを蜂蜜の甘みで補おうとする発想なんです」と研郎シェフ。なるほど納得の蜂蜜レシピだ。
濃厚なトマトソースで戴くプリッとした牡蠣のスパゲッティは、この一品で充分な昼食となった。「麺はそこまで多くはないんですけど、牡蠣が大きいから」と、研郎シェフ。料理が、調味料や具材の種類や量、火加減、水加減などの総合的なバランスの上に成り立つ創作であることに改めて思い至る。
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