2022年(令和4年1月) 58号

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助けていただいたお返しは蜂

 少しずつ人数が増え始め、社長の小森太平(こもり たへい)さん(44)も焚き火を囲む輪に顔を出した。

 「北海道の中で300キロは移動しますからね。北海道で1か所に(巣箱を)置いといたら終わりなんですよ。千歳に拠点を置いて、そこから日髙、空知などに移動して、少しでも安定して(蜂蜜が)採れるように……、全滅しないように……、1か所がだめでも、どこかで挽回できるようにということですよね。僕で3代目、(養蜂業は)明治初期から……。全国的にも3代目、4代目が主力ではないですか。お祖父さんの時代は、(巣箱を)貨車に積んで1週間かけて北海道へ運んでいたと聞きましたね。お祖父さんは僕が若い頃に亡くなっているんですよ。北海道へ行き始めた頃は、留萌(るもい)の港でイカを買ってスルメイカを作って、芦別(あしべつ)までおよそ200キロもの道をリヤカーで移動していたと聞いたことがありました。後ではオート三輪になったけど、すぐパンクしたと言ってましたね。一斗缶1つで25キロありますんで……。移動養蜂をしていると、全国の色々な養蜂家と知り合いになれるので、養蜂を全国的な視野で考えるようになりますね。それで物事を考えるベクトルが変わってきます。問屋を通して蜂を流通させて(交配用蜜蜂が)不足気味な所を補ったりですね」

 焚き火の傍で太平さんの話を聞いているうちに朝日が射し始め、予定していた手伝いの人たちも揃ったようだ。

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