2022年(令和4年2月) 59号

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 お世話になる人に送るのよ

 栄太さんとダンさんの朝食は、10分ほどで終わった。この日も昨日と同じ越冬のために蜂を縮める作業が続く。「今日、ちょいと雨降り前で蜂が荒いんで、気を付けてください」と、栄太さんが私に注意を促す。

 「(巣箱に残す巣板の)枚数は直感です。3年か4年やると分かるようになりますね。こればっかりは、やっていかないと分からないから」

 栄太さんが蜂数を見て、巣板を3枚か4枚を残した後で巣箱の空間を詰めるために仕切板を入れ、その反対側に北海道で搾らなかった蜜巣板を1枚入れておく。

 「餌が足りなくなった時に、こいつら頭が良いから、この1枚の餌を食べてくれるから……。予備の餌ですね」

 巣箱の蓋を開けた時の蜂の数や勢いなどを見た印象で、巣箱に入れておく巣板の枚数を判断している。蜂数に対して枚数が多すぎると、越冬する際の蜂球密度が薄くなり蜂球熱が下がるため寒さに耐えられないし、枚数が少なすぎると餌が足りなくなって飢えてしまう。その判断が養蜂家としての腕の見せ所でもあるのだ。

 巣板の枚数を決めて巣箱の蓋を締め、巣門は4分の1だけ開ける。

 「これからは寒くなるし、風も冷たいので……」

 蜂の身になって想像するということなのだ。

 「養蜂って、すごい博打ですよね」と、いきなり栄太さんが口にする。

 「去年は、長崎、秋田では良くなかったけど、鹿児島、北海道が採れて挽回したというように4か所回るから、どっかで挽回してくれるから良いけど……。うちは北海道がドル箱だから、そこを外すと大きいですね。20年に1回くらい大凶作という年があって、蜜採りに来ているのに餌ばっかりやって……。そうすると親方たちの機嫌も悪いので、触らぬ神に何とやらですよ」

 丘の上蜂場での作業は始まったばかりだというのに、栄太さんと潤さん、それにダンさんも一斉に蜂場を離れる準備を始めた。「会長から『手伝って』と電話があったんですよ」と潤さん。3人は小雨降る中、蜂場から少し離れたミカン園へ向かった。正さんはすでに雨合羽を着てミカンの収穫を始めていた。

 「北海道でお世話になる人たちに送るのよ。今日は送る分だけ採れば良いから……。里芋とサツマイモ、それに大きなバナナと一緒に入れて送るのよ」

 急に手伝いを頼んだ訳を3人に説明しようとする正さんの言葉を聞いているのかどうか。3人はミカン園に着くと、ただちに脚立を持ってミカンの収穫を始めた。潤さんが目の前の未熟なミカンを採ろうとすると、正さんの声が飛ぶ。

 「がさくれミカンどん送っちゃだめ、(荷物を受け取った人は)喜ばんど。鹿児島にはこんなミカンしか出来んのかと思わるっど」

 コンテナ3箱にミカンを一杯にするには30分も掛からなかった。ミカンで一杯にしたコンテナ3箱を正さんの軽トラックに積み込むと、3人は蜂場へ取って返した。小雨は止む気配はないが、越冬のために蜂を縮める作業の再開だ。栄太さんの話が続く。

 「4、5歳の時やったと思うけど、オチンチンを(蜂に)刺されて、あれが今までで一番痛かった。その弾みで4トントラックの荷台から落ちて、自分の小便は被るし、あれは忘れられんですね。小中高の時は土日はいつも蜂と一緒に居て、大学は3年までで単位を全部取って4年生の時は200群ほど親父が(鹿児島に)置いて(北海道へ)行ったもんで、それを面倒見てました。あとは経験かな。山を見て(祖父が)『今年は採れるね』とか言う、その感覚が分からない。その域まで行きたいなと思うけど……」

 降り続く冷たい雨は止みそうにない。蜂を縮める作業は昼前に切り上げて、午後からは倉庫の整理と巣箱の掃除をすることになった。

 「春は周りに花があって、これからだなあと楽しみですけど、今の時期は地味な仕事ばっかりですね。雨の中でも頑張る蜂屋。こんな日ぐらい横になりたいです」

 雨合羽を着て噴霧器で巣箱を消毒していた潤さんが、自嘲気味に笑顔で呟いた。

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