山が真っ白で泣きたくなるほど
茶畑の農道を一緒に散歩したトラに、折り返し点で正さんが褒美として菓子を与える
栄太さんが「(祖父が)山を見て、今年は採れるね」と言う感覚が分からないと話してくれた。その実際の様子を、石油ストーブの燃える暖かい倉庫の一角で祖父の正さんに聞いた。
「こんなにもシナの花があったかと思うほど山が真っ白で泣きたくなるほどなんだよ。蜂と花、天気の3拍子揃った時、(巣箱)1箱で(蜂蜜が一斗缶に)3本採れるということが、15日間で3回もあるということなんだよ。もう、滅多にないの。3拍子揃った時は、花蜜の糖度そのものが高いんだよ。蜂屋をやっておって、一生のうちに2回から3回しかないんだ。嘘かと思うほど蜜が入るんだ。1枚の蜜巣板に1升ちょっとくらい入っているから。去年の北海道は採れたというけど、俺が本当に(蜜が)入ると言うのは、ドンと入ったと言う時には(巣箱の)蓋が開かんもん。そのためには、まず蜂を作ることよ。蜂を作らなだめ。蜜が採れんかっても、蜂を作らなだめ。蜂屋さんの仕事は蜂を作ることだから」
「俺が21(歳)くらいの時分かな、運搬は自転車だったから、自転車にリヤカーを引っ張ってカンカン(一斗缶)を積んでおった時代だけど、1日100本も採ったら自分たちでは運べないのよ。日通(日本通運)に頼むんだけど、夜になれば夏でも北海道は寒いからな。火を起こして日通を待って、夜8時か9時ごろにやっと日通が来て、明くる日は午前3時に起きて採蜜。朝採った(巣)箱が、夕方には箱の後ろが上がらんのやから(筆者注:蜂蜜が入っているかどうかを確かめるため、巣箱の後ろを持ち上げて重さを確認する)。3人で1日で(一斗缶)100本採ったのが最高やったな。(巣箱)1箱で1斗2升くらい出るのよ。蜜が入る時には蜂は一つも刺さんのやから。面布なんていらんのやから。鹿児島で採れて、長崎でも採れて、北海道でも採れて。それこそ笑いの止まらん時もあるもんな。行った先行った先採れるから、そんな時は問屋に叩かれて、豊作貧乏ということだよ。巣板に集った蜂を振るうのに腕が痛いから交替でやるのよ。一番怖いのは一箱で溢れるほど採れて、(遠心分離機で搾った蜜を受ける器から)こぼしてしまって、カンカン(一斗缶)は替えないかんし、分離機は回さないといかんし、それが一番大変だった。北海道は朝が早いから、夜中の2時か3時になればカラスがカーカー鳴くから、農家の煙突から煙は出ているし、草取りもしているから……。その年によって採れる場所は変わるから、今年はオホーツク側が採れるぞ、今年は日本海側が採れるぞと見分けて、花の付いた方に(巣箱を)余計に置くということをしないと蜜は採れないよ」
ニワトリにはトラの散歩の前に餌を与える
正さんは、午前中に収穫したミカンと前から準備してあった里芋やサツマイモなどを、一緒に箱詰めして北海道へ送る準備を始めた。潤さんが手伝いに呼ばれている。
「これにも4、5日掛かるのよ。芋掘りに行って毛をむしって、けっこう忙しいんだよな。少しずつ色々な物を送りたいからな。春先はタケノコ採って、茹でて、真空にして北海道へ持って行って、皆に少しずつやるのよ。俺も60年くらい北海道に行ってきたから、色々な人に会ったからな。俺は19歳で養蜂家の弟子になったな。養蜂家の親方に付いて秋田へ行くと秋田の言葉を覚えて、地元に飛び込んで行く訳よ。飛び込んで行かなかったら、飛び込んで来てもらえないもん。自分は色々な人と出会って仕事をしてお世話になって、嫁さんと子どもを食べさせてやらないかん。人生というのは、そんだけのもんだと思うよ」
この日の夜は、正さんの84歳の誕生日を祝う身内の宴会が行われ、私も同席させてもらった。栄作さんが代表してお祝いの言葉を述べて乾杯だ。
「3代が揃って楽しく飲める蜂屋って、そんなに居ないと思うよ。これを書いとってくださいよ」と、一杯入った後で栄作さんが私に念を押す。栄作さんの横の席に居た栄太さんが「去年は楽しく仕事ができて蜜もたくさん採れて、最高の年やった」と、心底嬉しそうだ。すると、私の隣で嬉しそうに焼酎の器を傾けていた正さんが、栄太さんの嬉しそうな顔を見て唐突に私へ話し掛けた。
「最初は2つ置いた。それから10くらいの時が4、5年続いたかな。それから100群置いて、今は栄太が200群置いていると思うけど……。250群やるというから止めとけと言うて、200にしとる筈だけど……」
内容を理解できないで戸惑っている私に、栄太さんが助け船を出してくれる。
「北海道でレンガ造りの倉庫を借りて、モミ殻を敷いてカヤを刈って巣箱の周りに置いて、蜂を越冬させているんですよ。巣箱の運搬代の節約になることと、北海道で越冬している群数の分、鹿児島での手入れが少なくなりますよね。それに冬の間は王様が卵を産んでいないのでダニが居なくなることと、春になった時に一気に卵を沢山産んでくれて立ち上がりが早いんですよ。将来はもっと北海道で越冬させる群を増やしたいと思っていますけど、僕は列島移動が好きなもんで効率だけでは説明できない面もありますね」
気心の知れた人ばかりが集まった誕生会は、カラオケが始まりくじ引きもあって和気あいあいと賑やかに夜遅くまで続いた。
散歩から帰った後、老犬トラに正さんが目薬を差す
北海道で世話になる人たちに鹿児島のミカンなどを送る準備をする正さん(左)とアツ子さんを手伝う潤さん
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