自分の住宅以外に巣箱を置く気はない
北谷町の樹昌院で金城大徹さんと一緒に内検していると、全面に蜜蓋のできた蜜巣板があり良雄さんの顔も自然とほころぶ
コーヒータイムが終わり、1階の階段で連合巣箱へ蜜蜂群の移動が始まる。
巣箱の蓋を開けた時、巣枠の上に溢れるように働き蜂が動いている様子を見て、「おっ、元気だ。嬉しいですね、こういうのを見ると」と、良雄さんが声に出す。
「単箱の時は左端に雄蜂の巣板を置くようにしているんですけど、連合巣箱では外側に置きましょうね。おっ、幼虫もいっぱい居ますよ。幼虫も居ますから大丈夫でしょうけど、女王蜂が出てこないですね」と、心配そうな声を出す。そのすぐ後で、「あっ、居ましたね。やっぱり姿を見るとホッとしますね」。良雄さんが1枚1枚の巣板の状況に一喜一憂だ。
連合巣箱へ巣板を移動する作業は、それほどの時間はかからずに終わった。移動し終えた連合巣箱の巣門の前で尻を上げてしきりに翅を動かす蜂を見て「なんだろう、お尻を立てて」と、良雄さんが呟く。環境が突然変わった蜜蜂が少し機嫌を損ねているのかも知れない。
続いて、連合巣箱に入れ替えた3群の奥に置いてあった巣箱を内検し始めた。
金城さんが以前に内検した時のビースペース(巣板と巣板の間隔)が広過ぎたため、ムダ巣が出来ていた
「ここに置きたくないんですよね。割と冷たい北風が吹き通る場所なんで」と心配顔で、以前から勢いがなかったD群巣箱の蓋を開ける。良雄さんは頭がつかえるほどの階段下で腰を曲げて内検をしている。内検を続けながら女王蜂を見つけられないと心配そうな声を出していたが……。
「女王蜂が居ました居ました。元気です元気です。D群ですね。ほんとはここに置きたくなかったんですけど、蜂の勢いにも浮き沈みがありましてね。その時の状態で判断すると間違うことがありますから。今は弱っていても、時間が経てば強くなる群もありますからね」と、嬉しそうな声を上げる。「子どもの成長もそれぞれですもんね。後で大きく成長する子もいますからね」と、納得の様子だ。
階段下の巣箱の前はバジルの庭になっている。ちょうどホーリーバジルの花が咲いていて蜜蜂が花蜜を採りに行っている。「バジルを植えてから、蜂蜜の味が変わりましたね」と、ここでも良雄さんの探究心が活かされている。
連合巣箱へ蜜蜂群の移動を終え、残った2群の内検が終わると、中頭郡北谷町(なかがみぐん ちゃたんちょう)へ移動した。国道58号線から東へ折れ、米軍基地のフェンスの間を抜けるように進み、緩やかな坂を上ると臨済宗樹昌院(じゅしょういん)の大きな本堂が現れた。本堂横の丘に巣箱が幾つか並んでいるのが広い駐車場から見える。副住職の金城大徹(きんじょう だいてつ)さん(37)は納骨式があったそうで、少し遅れて真新しい白い防護服の姿を見せた。以前、同じ場所で養蜂をやっていた人が居たが現在は放置されてしまい、新たに金城さんが蜂の世話をすることになったのだ。
樹昌院境内の蜂場は、この日冷たい風が強く蜜蜂が攻撃的だったため、金城大徹さんの面布を目がけて飛んだ
「教員時代の同僚から『面倒なことになっているので教えてやって』と頼まれて、最初だけでもと来ているんですけどね。今日で2回目なんです」と、良雄さん。
さっそく内検が始まった。金城さんが「失礼しまーす」と蜜蜂に声を掛けるように巣箱の蓋をゆっくり開ける。前回、良雄さんが蜜蜂の状態を見に来た時に問題だったのは、金城さんが担当することになって新しく入れた巣礎に蜜蜂が巣を盛ってくれないということだった。良雄さんは前回の内検の時に自分が使っている巣礎と入れ替えたので、その結果を確認することが今回の内検の主な目的である。巣板を確認すると、巣板の内側は巣盛りを始めていることが確認できた。
「今日はこのままにしましょうね。次の内検の時に内と外を返して入れるので良いでしょうね」と、良雄さんが金城さんに丁寧に伝えている。以前に金城さんが入れた巣礎が粗悪品だったようだ。金城さんが蓋を閉める時、巣箱の縁に居た蜜蜂を1匹潰してしまった。「ごめん、ごめん」と謝っている。傍で良雄さんが「寺の坊さんなのに、殺生して良いんか」と冗談気味に言う。続いて「巣房の数は巣板の片側だけで3300穴ありますから、その状態を把握するのが内検ですからね」と、良雄さんは先生の口調になっている。
最初は恐る恐る巣箱から巣板を引き上げていた金城さんだが、内検を続けるうちに少し慣れてきたようだ。するとすかさず良雄さんが指摘する。「今、引き出す時に乱暴だったよね。下にバラッと蜂が落ちましたからね。出来るだけ蜂さんを驚かさないようにしないとね」。金城さんは真っ直ぐに良雄さんの目を見て、1つひとつの注意を聞き漏らすまいと緊張している。そしてすぐに、次の巣箱の蓋を「失礼しまーす」と開けている。
樹昌院の境内で春が近いことを知らせる里桜の花が開いていた
内検の主な目的の1つに女王蜂の確認がある。その前提には巣房に卵や幼虫が居るかどうかだ。巣板を2人で覗き込みながら、「女王蜂は居るけど、この巣板に産卵している様子はないから巣箱の端の方に置いて、内側には別の巣板を入れましょうね」と、良雄さんが金城さんに伝えている。
内検を終えて帰り仕度をしている時、駐車場の土手の上にオオバキの葉を見つけた良雄さんが「プロポリスに良い葉として最近注目されていますよね」と、私に教える。続けて「こんな環境の所で養蜂をすると良いだろうと思いますけど、私は自分の住宅以外に巣箱を置いてやろうという気はないので……」と、住宅養蜂の範囲で何が出来るかにこだわりを見せる。良雄さんには、幾つかのこだわりがある。北谷町から帰る車の中での話だ。
「仲間の養蜂家に『蜂蜜の販売価格を上げなさい』と言われるけど、他の養蜂家に比べると安いのかも知れないけど、それでも本物の蜂蜜の味を知りたいと思ってくれる人の手に届きやすい価格に置いておきたいんです。大々的に売るよりは、地産地消で沖縄の蜂蜜は沖縄の人に食べて貰いたいと思っているんです。積極的ではなくても対価を受け取っているなら、養蜂業になりますので登録はしていますけど……。自分が養蜂の勉強会に行く時などにも、その収入を使っていますし、養蜂の道具も気になったものを試すことも出来ますから。蜂蜜で生活するとなると、それはそれで大変になるでしょうから」
「養蜂を始めた頃は蜂蜜が採れた嬉しさで『頂戴ね』と言ってくれた沖縄で身近な人たち配っていたら『うちで使うのは』と問われて、うっかり全部配ってしまっていたこともありました。蜂蜜も地産地消が良いのかなと思って……。自分の蜂蜜は沖縄で売ろうと思いました。住宅地でも、こんな蜂蜜が採れるんだよと伝えたくて……。うちの蜂蜜は主にはサシグサ(タチアワユキセンダングサ)の蜜なんです。すぐ裏には那覇飛行場や航空自衛隊那覇基地があって、うちから1000mもないですから、もうすぐシロツメクサが咲き始めると思うんですけど……、草は手刈りしているようだから良いかなと思っているんですよね。南城市とか名護市のように蜜は採れないですけど、うちの蜂蜜が良いと言ってくれる常連の方が居てくれるんですよね」
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