女王蜂の左後ろ脚が動いていない
毅寿さんが「この群は何かおかしい」と調べると、女王蜂の左後ろ脚が動いていないことが分かった
内検を続けていた毅寿さんが「こういう蜂児になって欲しいんですよ。穴がほとんどないでしょ」と、巣板を私に見せる。巣枠に近い周辺の巣房には穴が残っているが、ほとんど全面に幼虫がサナギになった証しの蓋が出来ている。額面蜂児と言って、養蜂家が目指す養蜂技術の最良の状態だ。蜂児はサナギになった日から12日目で羽化し働き蜂となるので、勢いのある蜜蜂群に成長していく前触れとも言えるのだ。
作業の終わり際に、朝のうちに別の蜂場でトラックに積み込んでおいた7群の巣箱を塩谷蜂場に降ろし、内検をしながら、それまでの内検で抜き出しておいた巣板を一群に2枚ずつ加えている。「餌の多いのと少ないのと、1枚ずつ入れているんです」と毅寿さんが説明する。私の目には、抜き出しておいた巣板を単純に2枚ずつ合わせているようにしか見えないが、手に持った時の重さや一瞬見た時の印象で、2枚の組み合わせを選んでいたことに驚かされる。次の内検までに蜂が食べる餌の量をイメージし、その上、女王蜂が毎日卵を産むことができる巣房の空き具合をイメージして2枚を組み合わせていたのだ。
注文のあった種蜂を出荷する群を選ぶために巣箱の間を移動する毅寿さん
塩谷蜂場での内検は、午後2時過ぎまで休まず続いた。出荷用の群として丸印を付けた巣箱を積み込み、次の蜂場へ向かう。内検して出荷用の群を選び出す作業を、この後2か所の蜂場でも行った。
次の蜂場で内検している時だ。「うっ、何か変。女王がいない?いや、居る」と毅寿さんが戸惑っている。
毅寿さんはもう一度、巣板の状態を確認し始めた。「蜂数が少ないんですよね。卵が孵ってないということですから、女王蜂が居なくなっているのかと思ったんですけど、立派な体の女王蜂が居るんですよ」と、理由を見つけるために観察を続ける。しばらくして「女王蜂の左後ろ脚が動いていないですね」と、ようやく原因を発見したようだ。その後は、何ごともなかったように巣箱の蓋を被せている。「この王は、働き蜂が新しく王台を作って、新王が誕生したら殺される運命です」と、毅寿さんが教えてくれた。人為的に手を出すより、蜜蜂世界の掟に任せて、次の女王の誕生を待つのが最良の策ということなのだ。
ここの蜂場でも巣箱の蓋に丸印を付けた群の巣箱を数個、トラックに積み込む。最後の1箱を積んだ後、毅寿さんは巣箱をクルリと逆方向に向けてロープを掛け始めた。理由を尋ねる。巣箱を移動するために巣門の板を閉めると、それまで隠れていた通気口の金網の部分が出て、トラックが走ると風がそこから巣箱に入り込んで温度が下がるため、巣板の中に居る蜂児を育む適正温度を守ることが出来なくなるからだと言う。何気なくやっているように見える作業にも、理由があることが分かる。その理由を事前に察知することも養蜂の技術なのだと納得した。次の蜂場では内検はせずに10箱ほどを積み込む。いよいよ日が暮れてきた。
「今日は時間配分を間違えたですね」と、毅寿さん。この日最後の蜂場、イチョウの大木が聳える蜂場では、もう足下が見えないほどの暗さになっていた。
群を一か所に集めるため毅寿さんが巣箱をトラックに積み込む
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