採れる花がある時に採る
継ぎ箱の下にムダ巣が出来ていた
蜂場へ向かう農道を走っている時だ。前方の神社境内に椎の木がクリーム色の花を付けているのを見て、重男さんが話し始めた。
「モコモコとした花が咲いとるでしょ。この蜜は採れたら採るけど、餌として持って行くかも知れんです。山の藤の花が咲いたら、もうそろそろ出発やなと思いますね。ミカンの花の匂いがしてきたら、(下北半島へ向けて)出ます。消毒がきついでね……。びしゃこ(ひさかき)、これが咲き出すと蜂が活性化してくるんや。続いて桜、椎、藤、ミカンやな」
自然が季節に応じて刻々と変化するのに合わせて、蜜蜂の状態が変化し、自らの仕事が変化する時間の流れをイメージしていることが伝わってくる。「取りあえず、採れる花がある時に採る。それが鉄則やな。次の花を追い掛けて行っても、採れるとは限らんからな。蜂が良くても、花が良くても、天気には敵いません。3つ揃わんかったら話になりません。結果は天まかせや。アカシアが終わったら、僕、蜜を採らないんです。栗の花を見てしまったら、栗(の蜜)が入ってこんようにラストスパートやな」。
重男さんが、合同するのに良い蜂数の巣板を持って別の巣箱へ急ぐ
蜂場に到着すると、先に出発した有祐さんが燻煙器の準備を終えて内検を始めていた。
「居った、居った。これが今年の新王ですよ。明るい、綺麗な色しとるでしょ。こういう王さんが好きなんですよ。今年の一番やな。卵産む場所探しとるわ」
巣板の上を歩き回る女王蜂の行動を、有祐さんがいかにも愛おしそうに見つめている。活発に活動する働き蜂や女王蜂を見て、重男さんも満足そうだ。「もう、ここまで来たら放っといても大丈夫。どんどん大きゅうなる。あとは分封せんように注意するだけや」。
広々とした蜂場の真ん中にポツンと一箱だけ置いてあった群の内検をしている時だ。重男さんが「これ、もうすぐ王さんが生まれますよ」と、巣礎の端から突き出している王台を私に見せる。王台の上部に薄らと切れ目が確認できる。初めて女王蜂が生まれる瞬間に出会えると期待した。しかし、「もうすぐ」という時間の判断を誤っていた。「もうすぐ」は本当に「すぐ」だったのだ。その緊張感は私になく、ちょっとよそ見をした僅か数秒の間に王台の蓋が開き、女王蜂は生まれ、姿が見えなくなっていた。生命の神秘に立ち会える絶好の機会を逸してしまったのだ。
元々未交尾の新王がいた群に新王が産まれたため、その群を2つに割ることになった。元の巣箱から1mほど離れた所に新しい群の巣箱を置く。巣門を出入りする蜂が迷っている。遠く離してしまえば、花蜜や花粉を採りに出ている働き蜂は、巣箱の位置を見失い帰巣ができなくなる。人間から見れば、ごく僅かな距離だが「ギリギリ許容範囲かな」と重男さん。蜜蜂の生態がいかに繊細で緻密に営まれているのを改めて知ることとなった。
今にも女王蜂が出てきそうな王台
「広場」と呼ぶ蜂場で重男さんと有祐さんの合同作業が続く
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