2022年(令和4年7月) 63号

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スズメバチを熱殺

 安達家物語が一区切りすると、和良さんは「庭を案内しましょう」と立ち上がり、サッと勝手口から出て行った。私はメモ帳を仕舞う間もなく和良さんの後を追い掛ける。和良さんは思い立ったら躊躇なく行動に移す人のようだ。

 昭和元年に建った大きな家の裏は、庭というより林だ。「ここが第一ほだ場ですね。色々なキノコを作っていますよ。シイタケ、ヒラタケ、キクラゲ、マイタケもありますね。病院の看護士グループに配っています。地元に何か役に立ってほしいなと思っていましたから……」。薄暗い林の中をさらに歩く。「これはナメコです」と茂みの中に置かれてある古畳を指差す。「このメタセコイヤは樹齢4、50年ですよ」。和良さんの声で仰ぎ見ると、幹周り2抱えもありそうな巨樹が聳えている。少し進むと、落羽松(らくうしょう)の太い幹が目の前に現れた。「この木の根は膝根(しっこん)と言う呼吸根で、水の中でも育つんです」。元は池の底だった所からニョキニョキと奇妙な根が飛び出している。

 さらに茂みの奥に入る。「ここが第一蜂場です」。重箱式巣箱が茂みに3台置かれてあって、その内の2台でニホンミツバチが活動している。「ほら、熱殺していますよ。こういう時に広いステージが役に立つんです」。巣門前の板のステージに蜂球が出来ている。本来はスズメバチが蜜蜂を襲うのは秋口になってからなのだが、巣門前にはすでにスズメバチが花蜜や花粉を採って戻ってくる蜜蜂を狙ってホバーリングしている。警戒するニホンミツバチはステージの先端に並び、一斉に尻を持ち上げて翅を震わせ威嚇している。どうすれば小さなニホンミツバチがスズメバチを捕らえることができるのか、捕らえる瞬間を見たことはないが、現実に目の前で多勢で覆い被さるようにスズメバチに群がり、自らが発する熱で殺そうとしているのだ。

 和良さんが、鬱蒼とした林の中を先へ先へ歩きながら説明する。私は追い掛けてメモを取るのが精一杯。立ち止まってメモをしていると、もう和良さんの背中を見失ってしまうのだ。「和良さーん、何処ですか」と何度も声を掛ける。

 林のような庭を半周すると、大きな家の反対側は畑になっている。キャベツは虫喰いの穴だらけだ。「畑は道路の向こう側を入れて3反やっていますけど、田んぼは全部やめました。1回(米を)作ってみましたけど、スズメが集中してやって来て、一粒も穫らせてくれなかったんですよ。稲ワラしか穫れなかったんですよ。キャベツは虫が喰った残りを人間が食べるんです。それで良いんですよ。ミソハギも蜜源です。椿もハクチョウソウも蜜源です。蜂のことを考え、蜂の視点で生活していますから。イワダレソウも蜜源です。アカメガシワ、ムラサキシキブ、ビービーツリー、みんな蜜源です。ローレル、シャクナゲ、ユズ、ミカン、センリョウ、ナンテンなど、蜜源になる木の苗作りもしているんです」

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