2022年(令和4年9月) 65号

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来年の春は儲かりますよ

 気付いたら、自宅座敷で「ま、上がって、茶を飲んでからじゃ」の世界に居た。これでは写真撮影が出来ない。切りの良い所で、やんわりと常雄節の席を失礼し、登り窯上の裏山にある竹林に囲まれた蜂場で蜜蜂の撮影に集中していると、背後に視線を感じた。

 麦わら帽子を被った常雄さんが、いつからか巣箱に腰を下ろして私の様子を見ていたようだ。「数は少ないけど、この奥にも巣箱を置いてあるんだ。見るか」と言うと同時に、常雄さんは先に立って歩き始めていた。

 「ここの蜂は早くに割ったんですよ。7月7日やったな。新王になったけど8月になって産卵を中止した。暑かったからな。8月末に気温が下がりだして、今になって産卵を始めたから、餌(砂糖水)やり、花粉やりして、越冬群を作りよるんじゃ。そう、それしかないんですよ、蜂作りは……。10月まで新王さんが出来れば、来年の春は儲かりますよ。春に生まれた女王さんを殺して、10月に出来た新王を元群へ入れる。人間でも若い人ほど元気がええんじゃ。皆、女王を殺せんのですよ、数が減るから。ともかく女王蜂の数が居らんと……。蜂作りは女王作りじゃとわしは思うんよ。ここに来りゃええじゃ。それで、わしの真似をすればええんじゃ。わしの通りにやってみぃと、わしゃ言うんよ。悪けりゃ、止めればええんじゃから」

 素人の私には、すんなり受け入れられる養蜂技術ではないが、養蜂歴70年の常雄さんが到達した養蜂技術である。秋に生まれた新王に人工花粉をたっぷり与え、餌(砂糖水)を与え、巣箱の中を春の状態にして越冬期間中も産卵を続けられる環境を維持することで、来春の採蜜期には巣箱一杯の働き蜂が居る状態にする作戦だ。

 通常ならば、2年3年と産卵し続けられる女王蜂を、わずか半年で殺してしまうことの抵抗感は、養蜂を業とする養蜂家からすれば感傷的に過ぎるのかも知れない。交尾より他に役割のない雄峰は、餌が少なくなる秋口に巣箱から追い出され餓死すると聞いているが、秋に生まれた新王が産卵の前提となる交尾をする雄峰は居るのだろうか。常雄さんは「数は少ないけど、居るんだよ」と、心配する素振りもない。

 「人生の9割9分は終わった」と言いながら、新たな花粉練り機を購入して「人生が開けてきた」と目を輝かせる田中常雄さんに、溢れ出る魂のエネルギーを感じた。

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