2022年(令和4年10月) 66号

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猫魔八方台から望む磐梯山の頂上に雲が掛かる

猫魔八方台へ行く散策コースの周りにはブナ林が広がる

 ザッザッザーッと梢を揺らしながらブナ林を風が吹き抜ける。磐梯山ゴールドラインの猫魔ヶ岳登山道入口から猫魔八方台へ至るお手軽散策コースを歩いている。

 会津地方を象徴する磐梯山(1,816m)は、私が滞在した3日間とも頂上は雲に覆われ、その姿を明らかにしていない。刈り終えた稲株が並ぶ田んぼが広がり、その奥に遮るものがなく磐梯山が聳える風景を毎日見ていた。僅か3日間だけの滞在でも毎日見ていると親しみが湧いてくる。ましてや誕生から毎日、朝に夕に眺めてきた会津の人びとにとって、どれほど親しみ深い山なのかと思えてくる。記録によると、1888(明治21)年に水蒸気爆発があり、5村11集落が埋没し、477人の死者を出したとある。現在も活火山なのだ。

 実をいうと、ほんとうは頂上を目指したかった。しかし、最も近い登山口(1,194m)から片道2時間とある。ましてや頂上は雲に覆われている、と自らに言い訳をしてみる。駐車場の看板を読むと、磐梯山眺望お手軽コース、片道20分、約600mとある。「これだよ、これ」と、心の中で呟く。続けて「ブナ林を散策し、猫魔八方台へ行くと、磐梯山、猪苗代湖、会津盆地が一望できます」とある。これで決まりだ。何の躊躇もなくゴム長靴を履いたまま、お手軽コースに足を踏み入れた。

猫魔八方台へ行く散策小径

 登山道入口の看板に「熊が出ます。鈴などを鳴らしてください」とある。時刻は午後4時過ぎ、この時間から登山道に足を踏み入れそうな人は居ない。独りだ。仕方ない、歌でも唄いながら歩く。お手軽コースの小径は、ほとんど緩やかな上りで、所々でブナの根が剥き出しになり、その隙間に微妙な色合いの濡れた落葉が詰まり、抽象絵画の様で美しい。この日、磐梯山ゴールドラインを上ってくる途中も霧雨が降っていたが、ブナ林の中では気付かないほどだ。途中、2か所、2mほどの段差はあったが、難なく猫魔八方台に着いた。と言うか、到着したという自覚はなかった。猫魔ヶ岳への登山道脇の足下に「入口」と書かれた小さな看板が立っていて、「んっ、何の入口」と不審に思った。小径を歩いた時間を考えると「猫魔八方台の入口なのかな」と想像はしたが、覚束ない確信だった。

 看板のあった所から左へ入ると、獣路というか、路を目で見ることは出来ないが、腰の高さまである笹やカヤなどが茂る雰囲気を見ると、微妙に一本の筋が感じられるという位の路だ。緩やかに下りが続いていたが、目の前からダケカンバの木がなくなると、笹やススキの原の向こうに磐梯山の西斜面と猪苗代湖と磐梯町の平野が開けた。「オオッ」と思わず声が出そうな雄大な光景である。磐梯山の頂上付近はあいかわらず雲に覆われているが、西斜面は僅かに陽光が射している。写真的には、せめてもの恵みである。この麓の一角に磨上(すりあげ)蜂場がある筈だ。「ソーラーパネルを設置するのに蜂場周りのアカシア林を伐採されてしまった。今、周りは荒れ地とススキの原ですよ」と、久雄さんが無念そうに話していた、あの蜂場だ。

猫魔八方台へ行く散策小径から見るブナ林

 茂みの中を更に数メートル下ると、突然、草木がすっかり刈り払われた斜面に出てしまった。猫魔スキー場コースの一つに出たようだ。すぐ右前にスキーリフト乗降場がありリフトが回転する大きな支柱が立っている。コース最上部である。もちろん人影はなく、雲の流れが速い。スキーリフトの下から吹き上げてくる風が強くなってきた。コースに降り立った場所から小径へ引き返そうとするが、似たような茂みが続きコースに降りた場所が見つからない。すでに陽は陰り始めていた。焦る。お手軽コースだからと思い、登山届を書かなかったことを少し反省する。灯りは持っていない、食べ物もない、飲み物もない、携帯電話は電波が届いていない。肩からカメラを一台提げているだけ。いくらお手軽コースと言えども、安易過ぎたかも知れない。茂みの端の上がり口を探して何度か挑戦するうちに、フイに茂みに隠れた大きな岩を見付けた。降りる時、この岩の上に乗って磐梯山の西斜面を撮影した岩だ。「おおっ、ここだった」と安堵する。ここからは茂みを掻き分けるように獣路を上り、「入口」と書かれた看板のある散策コースに出ると、もう大丈夫。登山口までの帰り道は散策どころではない。ほとんど小走りでお手軽コースを下る。頭上を吹き抜ける風が、ますます強くなりザッザッザッザーッと大きくブナ林の梢を揺らしている。熊が出るかも知れない。肩から提げたカメラ一台で熊と戦えるか、などと考える自分がいる。梢の間から霧雨が降ってきた。足下が見えにくいほどに日暮れてきている。駐車場に戻り着いた。出発した時には7、8台停まっていた車は、自分のレンタカーともう一台の2台だけになっていた。辺りは薄暗い。良からぬ発想をして、何処に行っているか分からないもう一台の主を待ってないで良いのかと、フッと思う。車のライトを点け、磐梯山ゴールドラインを走り始めて、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。

猫魔八方台から猪苗代湖を望む。手前には磐梯町の街

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