持ち上げた巣板に王台
群を分けるために燻煙器と餌の砂糖水を持って蜂場に入る
コーヒーを数口啜(すす)った松永さんが「蜂場へ行ってみますか」と立ち上がり私を促す。「ぼく、アナフィラキシーが出るんですよ。でも、アドレナリンを持っているから大丈夫。刺されれば、毎回なるという訳ではないんですよ」と、不安なことをボソッと呟いて松永さんは木造デッキに出て行った。
西表島に一周道路はない。島の北側を海岸沿いに半周する県道215号線が幹線で、そこから集落内や畑へ枝分かれして島の細部に入り込んでいく。松永さんは集落を出て県道215号に入ると南東に下り、急カーブに民家やレストランなどがかたまって在る集落の角から県道を右へ離れた。農道をしばらく進み、緩やかな起伏のある畑地を見渡せる一画に車を停めると、畑地入口に設置された金網のゲートを開けた。広々とした畑地の中をビーチサンダルを突っかけて飄々と歩く松永さんの後ろに付いて歩く。
隔王板を外して単箱を内検する
松永さんが左側の茂みに向かった。「これマーニ(ヤシ)、これはクワズイモですね。これ月桃」と、松永さんが説明する亜熱帯植物の茂みに囲まれた足場用単管パイプを組み合わせた台の上に5群の継ぎ箱が載せてあった。組み合わせた単管パイプの脚には油を染み込ませた布が巻き付けてあった。「アリ避けなんです」と松永さん。そこまで対策がしてあるのに、巣箱の蓋の周辺にはごく小さな薄茶色のアリが集っている。「悪さはしないんです。粉みたいな卵を産みますが、蜂がプロポリスで固めてしまいます」と松永さんは呑気なものだが、とても巣箱を地面に直置きにはできない。自然が豊かということは、それなりのリスクがあるということだ。
ところで松永さんは巣箱の蓋を開け、1枚か2枚の巣板を引き上げてちょっと見ると、すぐに蓋を閉めてしまう。「これは、こないだ継いだばっかりなんですよ、元気だから……」。2段の継ぎ箱にしたのは最近だと言う。どうやら、松永さんは私を蜂場に案内するだけで、写真は形だけ撮れば良いと思っているようだ。私は内心、困ったなと思っていた。しかし、無理に仕事をして欲しいとは言えない。これでは表面的な写真しか撮れないと諦めていると、偶々、松永さんが持ち上げた巣板に王台が出来ていた。一旦は巣箱の蓋を閉めて、そのまま様子を見ようとした松永さんだが、思い直したように「分けときますかね」と呟く。王台から新しい女王が誕生する前に、旧女王が働き蜂と一緒に分封する可能性もある。どちらにしても養蜂家としては避けたいところだ。新女王蜂が誕生する前に蜂群を分けて、王台から生まれる新女王に仕える新しい群にしておくという訳だ。「今、巣箱を取ってきます」と松永さん、ニライナリゾートまで巣箱を取りに戻った。おっ、松永さん、本気が出てきたぞ。
農場入り口のゲートを開けて蜂場へ向かう松永政己さん
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