2023年(令和5年1月)68号

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西表島を半周する県道215号の西の行き止まり白浜集落の浅瀬に生えるヤエヤマヒルギ(マングローブ)

道路を横断していたカメ

 沖縄県八重山諸島の西表島は、ずっと以前から憧れの島だった。亜熱帯植物の密林を這うように歩いてみたかったのだ。離島には珍しい川が流れていると聞いていた。その川をカヌーに乗って源流まで辿ってみたかった。

 しかし、初めての西表島に、私は浮き足立っていた。上の空だった。この島の北側にある上原の港に高速船が着くとすぐにレンタカー会社の迎えの車に乗り、営業所へ直行。港の雰囲気や周りの景色さえも真面(まとも)に見ていない。軽自動車のレンタカーを借りて出発したが、松永政己(まつなが まさみ)さんとの約束は明朝。さし当たって行きたい場所はなかった。ただ、島を一周してみたかったので、県道215号を反時計回りに走り始めた。右に東シナ海、左は亜熱帯植物の林。憧れの島だというのに何故か少しもワクワクしない。時刻は午後4時半を過ぎていた。

うなりざき公園の岸壁に釣りに来ていた地元の高校生

 無心に軽自動車を走らせた。緩やかに蛇行しながら走るが、道路の両側に建物が密集する集落らしき場所に遭遇しない。自分が西表島のどこに居るのかさえも不安になってくる。ずいぶん走ったところで予期しないトンネルに入った。トンネルを抜けた所が集落だった。団地らしい同じ形の一戸建ての建物が並ぶ、駐在所がある、商店も見える。更に進むと、左側に竹富町立白浜小学校運動場を見てさらに進むと、突然、行き止まりだ。そこの道路脇に車を停めて少し歩くと、コンクリートブロックを積み重ねた防波堤が目に入った。茂みの中を少し歩いて防波堤の上に立つと、か細いヤエヤマヒルギが浅瀬に生えているのが見えた。汽水域ということは、どこかに河口があるのかと探すが分からない。コンクリートブロックの上を歩いて突端まで行き、夕陽が後ろから照らし出してくれるヤエヤマヒルギを撮影。シャッターを押した時に伝わる微かな感触が、沈滞していた感覚をようやく覚ましてくれた。

うなりざき公園の岬

 白浜集落は西表島の西の端。ここから先は道路がなく進むことはできない。島の東側へ行くには、先ほど走ってきた県道215号を戻るしかない。日暮れが近い、宿は島の北側だ。宿を目指して走ることにする。途中、月ヶ浜の看板を見つけて左に折れた。林の中を進むと、長く弧を描くきれいな砂浜に出た。東シナ海の水平線にちょうど太陽が沈もうとしている。近くで大型ストロボを使って夕陽を背景にモデル撮影が行われていた。少し離れた南側の砂浜には大勢の若い男女が思い思いに佇み、沈む夕陽に見とれている。近くにある大型リゾートホテルの客なのだろう。多くの人びとが沈む太陽にスマホを向けている。それぞれの思いを込めた旅の記録だ。

 翌日は、朝から松永さんの取材だった。昼食の時間になり、松永さんにお勧めの「八重山そば」の店を教えて欲しいと尋ねると、彼は言下に「新八食堂」と答えた。「上原港近くの県道沿いにあるから、すぐ分かりますよ」と、教えてくれた。見るからに歴史を感じさせる小さな食堂で、入口横に営業中の大きめの木製看板がぶら下がっている。アルミの引き戸を開けると4つのテーブルは満席だったが、ちょうど一組の客が支払いをしているところだった。すぐに私を空いた席に招いた若い店員さんに「お勧めは」と尋ねた。即座に「野菜ソーキそば」と答える。「それ」と注文した。店全体の空気感がキビキビしているのにゆったりの雰囲気だ。それだけで良い店に入ったと思わせてくれる。もちろん間もなく出てきた野菜ソーキそばも絶品だった。明日の昼もここにしようと決めた。

うなりざき公園の岬から西北西の方角を見上げた星空。19時52分に撮影

 翌日は朝から荒れ模様になると天気予報が伝えている。ならば今夜のうちに星空を撮影しておきたいと思い松永さんに相談すると、夕方、取材に区切りが着いてから「うなりざき公園」に案内してもらえた。そのお陰で、夕方の雰囲気と星空を撮影することができた。

 3日目の朝は天気予報が伝えた通り荒れ模様だった。蜂場の様子が気になる。松永さんの手をわずらわせると申し訳ないと、独りで蜂場へ行ってみた。雨はそれほどでもないが風は時折激しく吹き付けてくる。蜂場周辺の亜熱帯植物の葉が激しく揺れる。しかし、巣箱の周りには吹き込んでこない。しばらく蜂場の近くで風雨の様子を撮影しているうちに、明日の帰途に乗船する予定の石垣島行き高速船は運行できるのだろうかと不安になってきた。一旦芽生えた不安はだんだん大きくなり、その日のうちに宿もレンタカーもキャンセルして高速船に飛び乗った。今回の取材では、「蜂場ぐるり写真散策」の本来のテーマである西表島で蜜源となる花を見付けることができないままだった。

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