2023年(令和5年2月) 69号

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蜂を突くには冷やいわ

 翌朝、藤岡さんから指定されたカラオケ喫茶に行くと、常連客らしき男たちが各々のテーブルで新聞や週刊誌のページを捲りながらボリューム満点のワンプレートモーニングを黙々と食べている。独りの時間を邪魔しないように、藤岡さんの向かい合わせの席に座って黙ってコーヒーを飲んだ。

 朝食を済ませると仕事開始だ。地元で委託販売をしてもらっている物産市場に瓶詰めの蜂蜜を追加納品した後、自宅に戻った藤岡さんは燻煙器や道具袋などを取り出して蜂場へ行く準備を始めた。道具と一緒に黒糖飴の袋を取り出して「チョーク病が治る、これ」と言う。倉庫の入り口に4、5箱並べてある巣箱の前に、チョーク病の被害となった幼虫の白い死骸が転がっている。「オーストラリアからの輸入の蜂なんやけど、チョーク病に弱いね。飴を食わせて抑えよったら、採蜜もできる。白い蛆よ、あれがチョーク病よ」。私にそう説明するが、特に困っている風ではなく、内検に行く準備が整うとすぐに蜂場へ出発した。

 蜂場は、藤岡さんの暮らす集落の中を縫うように巡る急な坂道を軽ワゴン車でズンズン上り、民家がなくなった辺りの竹林に囲まれた所にあった。丸く固めた新聞紙を燻煙器の燃料にして火を着けると、蜂場の一番奥から内検を始めた。蜂場の半分は周りの竹林が朝日を遮って日陰になっている。巣門は折り畳んだ新聞紙で塞いであり、4分の1ほどが空いている。

 「まだ寒いけの。愛媛の蜂屋さんには全然せん(巣門を塞がない)人もおるけどな。蜂は今、卵を産み始めたばっかりやから……」

 2箱3箱、巣箱の蓋を開けて蜂の様子を見ていた藤岡さん。「まだ、蜂を突くには冷(ひ)やいわ。(巣箱の)中を突くようなもんじゃないな」。そう呟くと、何かを思い付いたように車に乗って帰り支度を始めた。

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