自然が変わりよるんじゃろ
巣門を塞ぐ段ボールが風で飛んでいたのを拾う
もう一か所の蜂場は、横浪半島南側の峰を西から東へ走る横浪黒潮ラインの近くにあった。周りの茂みを拓いたアクセスし易い蜂場だ。
「鳴き声がせんね。ヒヨドリの被害は今年はないね。被害がある時には愛媛の蜂屋さんが『パチパチ音がする。ヒヨが蜂を食いよるぞ』と言うからね。ネズミモチの蜜はもう終わっとる。近ごろは蜜の色が乗ってこんね。ここはヒサカキら(の蜜)がようけ入りよったんよ。10年ほど前からぴったり蜜を吹かんようになったな。自然が変わりよるんじゃろ」
この日、藤岡さんは蜂場での仕事はせずに、私を案内するだけだった。
「もう少し行けば見晴らしのええとこがありますから」と案内してもらったのが帷子﨑(かたびらざき)展望所だ。青々とした太平洋が眼下に広がり、トンビがゆったりと弧を描いて飛んでいる。風はなく、日射しは暖かい。隣に立って太平洋を見つめていた藤岡さんが「子どもがおる時には、よう釣りに来た」と呟く。
須崎市外れの蜂場 狸が蓋を開けたことがあった
南国土佐といえども冷たい風の吹く日に巣箱の蓋を開けなければならないという藤岡さんにとっては気が乗らない取材となった。取材期間中、何度か藤岡さんが口にされていた「蜂が変わってきとるんよ」や「自然が変わりよるんじゃろ」と言う言葉の背景に、蜜蜂を50余年間も飼い、培ってきた養蜂技術や自然観察力の自負が揺らいでいるのを感じた。その上、妻と長男を亡くされ後継者の目処が立たないまま蜂場を維持することの精神的な負担はいかばかりかと思い至る。蜂の継続的な管理の手を抜くことはできない。励ます手立ては思い付かないが、せめてもの救いは藤岡さんが「蜂を飼うてみたかったのよね」と言っていたように、今では蜜蜂の存在そのものが根っから蜂好きの藤岡さんを励ましてくれているのではと思えることだ。やがて流蜜の季節がやってきて蜜蜂が活発になれば藤岡さんも元気を取り戻してくれることだろう。
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