日記は付けとけ、見るだけでも楽しいぞ
仕事を終えた後、龍峯山自然公園展望所から八代市街地を望む千年さん
この日は、球磨川沿いにある数か所の蜂場を巡った。軽トラックを運転しながら、千年さんが思い出話をしてくれる。
「藤井親方のところから帰って2年間は失敗ばっかりでしたよ。親方のところで修業した2年間は、毎日、作業日記を付けとったですよ。その日記の通りにすれば良かと思うてやるけど、上手くいかん。作業内容は場所でも季節でも変わってくっとですよね。それが大学ノートの日記に何年何月何日に何をやったと書いとった訳ですよ。その日にちの教科書にこだわってやろうとするもんだから失敗した。先輩に『秋に採蜜すっとはお前くらいぞ』って言われたですよ。場所がちがう。巡る季節が違う。でも、うちの弟子たちには言いよっとです。日記は付けとけ、見るだけでも楽しいぞってですね。今の常識が昔の非常識ってこともあっとですよ。でも、そん日記のお陰で『あんたの必死さが、親方に伝わったけん』って、親方の奥さんが言ってくれましたね」
蜂場を移動させる際、巣板が動かないように釘で止める
この日、最後の蜂場は球磨川から少し山に入った広場だ。数え切れないほどの巣箱が周辺を山に囲まれた運動場のような広場に並び、広場の端には道具置きの大型コンテナが据え付けてある。広場端の木立の中に置かれてあった巣箱から、幾つかの巣箱を選び、継ぎ箱を載せる一連の作業を始めた。どこかホッとした空気感が漂っている。和輝さんが、その理由を教えてくれた。
「全体で言えば、まだスタート切ったばっかりだけど、採蜜群一陣の準備は今日終わったので、ちょっと一段落ですね。レンゲ蜜用の八代の群は終わったんですが、採蜜群の全体で言えば7分の1が終わった感じですかね」
いやはや、まだまだの状態だが、兎も角は一区切りなのだ。
出荷のために積み込んだ巣箱にまとわり飛ぶ蜜蜂を和輝さんが払う
ところが、山に囲まれた蜂場に日が陰り始めた午後4時ごろになって、にわかに様子が慌ただしくなってきた。2トントラックが2台駆けつけて、千年さんと和輝さんが何やら真剣な眼差しで話合っている。傍で聞いていたところから推察すると、今年最後の売り蜂の出荷が始まったのだ。250群を一斉に出荷するらしい。
千年さんが単箱の蓋をパッと開けて確認し、チョークで丸印を付けていくと、その巣箱を和輝さん、上村さんと中山さんがトラックに運ぶ。まだ日は暮れてないため、巣箱を出ている蜂もいる筈だが戻ってくるのを待つ時間はなさそうだ。
千年さんが運び出す群を自らが選ぶ理由を話す。
「蜂たちが営業してくれるけんと、従業員には言いよっとですよ。そのためには、きちんとした規格を満たした蜂を出荷しておかないかんとです。『これで大丈夫かな』では信用は得られんとです」
自らに厳しく妥協しない千年さんの人生哲学が、西岡養蜂園の企業理念となっているのだ。
倉庫裏の蜂場で早朝、朝露が輝く
この日、全ての仕事を終えた後、千年さんは自らが生まれ育った谷川集落の裏山ともいえる龍峰山自然公園展望所へ案内してくれた。ちょうど夕陽が島原の普賢岳の彼方に沈もうとしている。江戸時代から続けられた干拓によって広がった八代平野の市街地が一望できる。展望台の階段に腰を下ろして穏やかな表情で八代平野を望みながら千年さんが話し始めた。
「私とゆかりの夢は、一般社団法人『みつばちの森』を実現することなんです。もう法人登録はしてあっとです。なかなかそこには行き着かんとですが、その要因の一つはコロナ禍ですね。もう一つは養蜂協会の大きな役をさせられてしもて……。これで少し実現から遠くなっていますかね。30年余で一気にここまで来ましたからね。人には言えん苦労の連続でしたよ。ほんとに私の胸の内を知っているのは、ゆかりだけです」
夕陽に照らされた千年さんの顔は晴れ晴れとしている。
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