よっぽど金持ちか、悪いことをしたか
倉庫前の広場に溢れるように積まれた巣箱を夕陽が照らす
人並み外れた努力の結果、夢は次第に現実のものとなっていく。千年さんの話は続く。
「現在の蜂場は、八代を中心に熊本県内で100か所以上、鹿児島県に30か所、青森県にはリンゴとアカシア、トチの蜜を採る蜂場として20か所、北海道は蜜採りよりも、蜂を育てるためで、どちらかといえば来年のために40か所。急速に大きくなっていったので、よっぽど金持ちか、よっぽど悪いことをしたと思っているようだけど、ぼくの場合は親方ですね。親方との繋がり。2年間の修業が終わった後も藤井養蜂場の蜂が九州におる間は手伝いに行っていたんで……。イ草をしながら、最初は巣箱10箱だったんで暇だったんで、手伝いにはよく行っていたんですよ。それが、熊本県内のでっかい蜂屋さんが仕事を止める時、嬉しかったのは『お前が熊本で一番頑張っとるけん』と、蜂場を全部私の名義に変えてもらって……。ビール1ケースも受け取らんで、ですね。人に恵まれとったなと思って……。藤井さんのところに弟子入りしたのは大きいですね」
イ草の倉庫に使っていたJAから譲り受けた倉庫は巣箱など養蜂道具で一杯
「精神的に一番きつかったのは、八代に帰って養蜂を始めた24、5歳の頃でしたね。追いつめられていましたね。神経性腸炎を患ったりしましたね。『出る杭は叩かれるが、お前はまだ爪楊枝のような杭だけん。叩かれてもへこまんくらいの杭になれ』と先輩に言われたことがありましたね。高校の野球部の時には先輩からきたわれて、練習以外のところが大変だったけど、藤井養蜂場のグループの中におる時には皆の中で親方が守ってくれていたのをグループを出てから初めて分かったですね。でも、神経性ならどっこも悪くないんじゃと開き直ったら、薬もいっちょん飲まんで良かごとなったですもん」
巣箱の横でカリンの新芽が芽吹く
「もう1人、私の人生に影響を与えてくれたのは、小学校5年6年の時の担任の先生だったんですけど、私は4年生まで人の後ろを付いて行くような自信のない子だったんです。小っさい頃に2回溺れかけたことがあって、水が怖かったんです。それが、先生の水泳の特訓を受けたお陰で九州の水泳大会で2番になれたんですよ。その先生がおらして、やる気の大切さを教えてもらったんですよ。人生を変えるような先生に出会えた幸運ですね。あの先生と出会えんかったら人生が変わっていたでしょう。5年生の子どもたちを前に『大人になって自分の子どもに泳ぎ方も教えられんでどうするか』と言われて、水泳の特訓を受けて泳げるようになったんですから」
Cafe Beeでのインタビューは4時間近く続いた。千年さんの携帯電話はひっきりなしに呼び出し音が鳴る。採蜜期直前の態勢作りで忙しい時期、事務所も現場も抜け出して取材に応じてもらったことがひしひしと伝わってきた。
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