2023年(令和5年6月) 72号

発行所:株式会社 山田養蜂場  https://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

2

採れる時に採っておかなければ

 もう一つ気付いたのは、霧滝蜂場での採蜜が何となく和やかな雰囲気の中で行われていることだ。節子さんの人柄が和やかな雰囲気を醸し出している。百合子さんと節子さんは高校時代からというから50年余の付き合いだ。あまり詳しくは教えてもらえなかったが、百合子さんと健一さんの仲を取り持ったのも節子さんらしい。節子さんは長く福祉関係の仕事をしていたが、60歳で定年退職をした後、辻井養蜂場の仕事を手伝いに来て9年目になる。

 「節ちゃんが来ていたら、昼ご飯はハイキング」と、健一さんが昼ご飯を告げる。さっそく軽ワゴン車の後ろを覗かせてもらうと、ナポリタンパスタと卵焼き、とんかつ、焼きサバにサラダに赤飯と白ご飯、他にも小さなタッパーに入ったおかずがずらりと並んでいる。1時間ほどゆっくりと昼食を食べた後は、節ちゃんがコーヒーを淹れてくれた。「節ちゃんがおらん時はコーヒーは出らんよ」と健一さん。

 午後の採蜜作業が始まった。蜜蜂が花蜜を採りに出るようになると糖度の低い花蜜が蜂蜜に混じるため、蜜蜂が活動を始める日の出前から採蜜を始め、遅くとも昼前に終わらせようとするのが、これまでの取材で知った採蜜の鉄則の筈だ。ところが辻井養蜂場の採蜜は午後もじんわりと始まった。

 今朝、健一さんが「採れる時に少々糖度が低くても採っておかないと駄目な商売なんです」と、言っていたことを思い出した。明日からの天気予報は下り坂。まさに今が、採れる時に採っておかなければならないその時なのだ。上2段の継ぎ箱の採蜜を全て終えると、採蜜を始めた最初の巣箱に戻って1段目の単箱の採蜜が始まった。

 「朝に採蜜した時の糖度が高かったんで単箱まで搾ることは決めておったんですけど、継ぎ箱の採蜜が終わった時間を見て、(予定通り)できるなと始めたんです。養蜂は終わってみんと分からん商売です。だから面白いんです。倉庫に設置した冷蔵庫が6畳分の広さと12畳分の広さの2つありますから、糖度が低いのは糖度の高い蜜と混ぜ合わせて、その他に冷蔵庫で9℃に保って品質管理するのは冬に売るんです」

 健一さんが改めて最初の巣箱に戻る理由を教えてくれた。

 「継ぎ箱2つの採蜜は終わって軽くなっているので、作業が楽なんですよね」。なるほど、そういう理由もあるのかと納得だ。淳也さんが「蜜でベタベタになるので……」と、蜂払い器のブラシに噴霧器で水を吹き掛けている。

 夕方遅くなると、さすがに皆に疲れが見えてきた。蜂も少々荒くなったように思える。見ると健一さんも百合子さんも再び面布を着けている。蜜を搾り終えた蜜巣板を元の巣箱に収めている淳也さんに纏わり付く蜂を鎮めるため、百合子さんが燻煙器で煙を吹き掛けて援護している。最後の巣箱に蜜巣板を収め終わると、淳也さんが「疲れた」と声に出し、ペットボトルの水を2口飲んだ。「もう7時前やんけ、6時50分。帰ったら8時やん」。雄蜂の幼虫を切っていたポリタンクを岸田川渓谷の水で洗い、遠心分離機を軽トラックに積み込むと作業は終了だ。

 帰りの車に乗り込む間際、健一さんが小声でそっと私に告げた。「節ちゃんが居なかったら、今日、単箱(の蜜)までは採れなかったです」。皆が疲れていても明るく活気づけてくれるムードメーカーの節子さんの存在は大きいのだ。

 

1
3
2
4
5

▶この記事に関するご意見ご感想をお聞かせ下さい

Supported by 山田養蜂場

 

Photography& Copyright:Akutagawa Jin

Design:Hagiwara Hironori

Proofreading:Hashiguchi Junichi

WebDesign:Pawanavi