2023年(令和5年7月)73号

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外から蜜が入ってなくて想定外

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 昼食の後で向かったのは上平蜂場(うわだいらほうじょう)だ。この蜂場でローヤルゼリーを採り、移虫をする1日置きのローテーションが繰り返される。

 裕一さんは上平蜂場に着くなり、次々と巣箱の蓋を開けて王台枠を取り出す。両側から細かい目の金網で包んだ枠に人工王台が出来ている。裕一さんが、その人工王台を目で数えて「26。これが、次に付ける奴ですね」と、私に告げる。続いて、金網で包んでいない別の王台枠を巣箱から引き出して「これが育成中の王台ですね」と言った途端に「ああっ、失敗したな。給餌しなかったから、あまりに外から蜜が入ってなくて……。いやーっ、想定外だな」と呟いている。花の時期が終わっていたのに、餌を与えなかったため思っていたように王台を作っていないのだ。私にはもう一つ、何が起こっているのか理解できないでいると、それを察した裕一さんが説明する。「2日前に移虫した人工王台を(巣箱から)引き出したら、餌が足らずに王台を齧られていましたね。外から蜜が入ってきているのに、餌をやり過ぎるのも王台を作らないし……、そこの兼ね合いが一番難しいです。今年、クリの花はいっぱい咲いているのに、蜜は全然入らなかったですね。こんな年ってあるんですね」。

 金網で包んで立派に出来ていた人工王台を、軽トラの荷台に置いてあった巣箱にしまうと、裕一さんは人工王椀の枠と蜂児枠を膝の上に置いて真剣な顔で作業を始めた。育成中の王台が失敗していたため、急遽、失敗を取り戻すために移虫を始めたのだ。蜂児枠の巣房の底に居る体長1ミリにも満たないふ化したばかりの幼虫を、移虫針で掬い捕って人工王椀に移している。女王蜂が生んだ卵は3日でふ化する。その幼虫をできるだけ早く王椀に移すことで、幼虫がローヤルゼリーを食べている期間を長くすることができるのだ。

 ヘッドライトで巣房の底を照らし、ごく小さな幼虫を移虫針で掬い捕って王台の上まで持っていったが、1回だけ王台には入れないで幼虫を捨ててしまった。

 「(掬い捕る際に)ちょっと引きずっちゃったんで、これ駄目と思って……」と裕一さん。移虫がいかに繊細な作業であるかが伝わってくる。

 移虫した翌日から数えて5日目に王台の先端が蓋を閉じる。8日目に蜂を割って巣枠2枚の無王群を作り、10日目にその無王群に王台を付けてやると、12日目から14日目の朝に新王が誕生するのが移虫後の流れである。しかし、裕一さん「栃木県では移虫はあんまりやってないですね」と、栃木県内では移虫して群を増やしているのは少数派だと言う。では何故、裕一さんは移虫にこだわっているのだろうか。

 「自然にできた変成王台から誕生した新女王と移虫して作った新女王では交尾率が違います。移虫で誕生した新女王は8割9割、自然王台は6割くらいの交尾率ですから」

 自然界の時間は正確に刻まれていく。移虫して群を増やす方法では自然界の時間の流れに沿って正確に作業を行わなければならない。待った無しなのだ。裕一さんがぼやくように呟く。「ふっと思うことがあります。蜂を飼ってんのか、蜂に飼われているのか分かんなくなりますよね」。

 

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