勢いがあれば分封する率は高い
イチゴ交配から返ってきた群の蜜巣板に溜まっていた蜜を餌として与えるために裕一さんが蜂を払う
翌朝のことだ、裕一さんは再び梨畑蜂場で内検をしていた。
「半分ぐらいは分封していましたね。やっちゃいましたね。単純に(内検が)間に合わなかったんです。採蜜すれば良かったのかなあ。盗蜂も居たから大丈夫だろうと思っていたんで……。今日もクリの蜜が入っていましたから……。恐らく、そんなところかな。一昨日と昨日、今日は状況が違いますね。何でなんだろう。花の状況がよく読めてないですね。アカシアの後に野バラが咲いたりしていましたから……。旧王に付いて行かなかった蜂がそこそこ残っているし、それを割りながら増やしていけば、何とかなるかな。秋に需要のあるイチゴ交配用や種蜂の注文も何とか間に合うのかな……」
分封した後に残った群に生まれた新王を一旦王籠に確保し、新王の状態を確かめた後に改めて群に入れる
多くの群が分封してしまった裕一さんの落胆は大きい。養蜂家は勢いのある群を作ろうとするが、勢いがあればあるほど分封する率は高い。そこの微妙な均衡を保つのが養蜂の技術だと言われているが、相手は自然界の命だ。なかなか思うようには動いてくれない。
この日は、裕一さんが「一番弟子」と言う六川雄太(ろくがわ ゆうた)さん(26)が内検の手伝いに来ていた。
「カーメーカーに技術職で勤めているんですけどね。テレビで養蜂の番組を見ていて、なんか楽しそうだなと思って、それに元々生き物が好きなんで……。実家でカメ、ウサギ、熱帯魚、ヤドカリ、ハムスター、カエルとかも飼ったことがありましたね。去年の9月から週一回のペースで通わせてもらっています。予想以上に楽しいですよ。良いとこ引いたな、ラッキーだったなと思っています。蜂は可愛いし、蜂と触れ合っているのが楽しいですね」
分封して蜂数の減った群に新王を放す(画面中央付近)
六川さんは、裕一さんにとって単に弟子というより、存在自体が励みとなっているのだろう。「僕が(養蜂を)始めた頃と比べ、最近の方が蜜蜂に関心を持ってくれている感じはしますね」と、裕一さんが言ったことがある。その言葉は、健康志向に傾く社会の潮流の中で、蜂蜜への関心が高まり、養蜂家に対する世間の評価が変化していることの表れだろう。養蜂家の仕事は、他人が気軽に見学させてもらうことが難しい現場であるため、その実態がなかなか伝わらない。そんな中、六川さんのように蜜蜂に関心を示す人物が現れ、移虫に駆けつけた藤田嘉秀さんや店舗の前で「今、14群やっている」と立ち話しをしていたアマチュア養蜂家の関谷五郎(せきや ごろう)さん(75)など、裕一さんを頼って蜜蜂に関心を寄せる人たちの存在が、彼を励ましているようだ。蜜蜂という健気な生き物の魅力はもちろんだが、裕一さんの実直な人柄の魅力が、人びとを養蜂の世界へ引き寄せているのだと思った。
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