ビースペースを8ミリと指定
生まれたばかりの女王蜂が翅を擦り合わせてビーッ、ツ、ツ、ツ、と鳴くと、周りの働き蜂が一斉に動きを止める
「ヨーロッパで培われた養蜂技術は、アメリカのラングストロースが1850年代に巣枠を取り出せるようにしたラ式巣箱を開発したことで養蜂が急速に近代化されますけど、その時にラングストロースはビースペース(巣枠と巣枠の間隔)の重要性を発見するんです。ビースペースをきちんと守ることは基本中の基本です。その後、日本に養蜂が入ってきますが、明治、大正、昭和の養蜂の技術書は、ビースペースの寸法だけが書いてあって、寸法の意味は書かれていません。蜜蜂が、プロポリスや蜜ロウで空間を塞がず、通路として用い、産卵の空間、育児の空間でもある訳です。ビースペースというのは一般名詞ではなく、具体的に6.4ミリから9.5ミリまでの間隔を指す言葉なんです。私はビースペースを8ミリと指定しています。プロポリスが駒に付着する場合も想定して、この寸法がベストなんです。日本では巣板と巣板の間隔を12ミリにする駒が一般的ですけど育児空間としては広すぎます。これは移動養蜂を前提にしている訳で、移動途中に巣箱内の温度が上がって蒸殺になるのを防ぐための空間なんです。12ミリの駒というのは日本以外にはないですから……。ただ2段にした継ぎ箱の貯蜜空間としては12ミリでも良いんです。一段目の単箱をビースペースとし、二段目の継ぎ箱をハニースペースとする考え方ですよね」
巣板のビースペースを8ミリに保つことが養蜂技術の基本
「蜜蜂の習性としては巣板の中央付近に女王蜂が卵を産み、その周りに花粉を溜め、その外側に蜜を溜めます。その場合、巣板の外側にある貯蜜スペースの表面をハイブツールでちょっとだけ削ってやるんです。蜜蓋が掛かっていても掛かってなくても良いんです。貯蜜房の表面全体を軽く削ってやると、そこを蜜蜂が掃除して、その掃除した巣房に卵を産む性質があるんです。そうすることで巣板の隅々まで卵が産み付けられるのです。つまり額面蜂児が出来上がるということなんです。そのためには単箱の育児空間と継ぎ箱の貯蜜空間をしっかり区分けして、巣箱の間には隔王板を挟んで女王蜂が貯蜜空間へ行けないようにしておかなければなりません。貯蜜巣房の表面を少し削って産卵させて額面蜂児を作る話は干場オリジナルです。このようにして産卵を促す技術について書かれた本や論文は他にありませんね。卵と蜜が混在している巣板が何枚あってもプロの養蜂家にはなれないと思いますよ。『蜂のことは蜂に聞け』ということなんです。野々垣養蜂園の3代目が良く言っていたことなんですけどね」
干場さんは休むことなく3時間余、自らの生い立ちから蜜蜂研究の経緯と養蜂理論、それに何よりも養蜂に対する熱意を語り続けた。研究し続けた養蜂技術の核心にまで触れて凝縮した内容で、特に額面蜂児の作り方は一匹の蜂も飼ったことのない素人の私までが、これで養蜂ができると勘違いしそうな具体的な技術論である。
ご自宅に招き入れてもらった当初は鋭く吠えて私を威嚇していた甲斐犬(かいけん:熊をも倒すと怖れられる)の「クマミ」が、干場さんの話を伺っていた3時間余のうちに、親しげな表情を浮かべ私の腕を前脚で引っ張りにくるほどの仲になっていた。クマミは干場さんの話を聞き漏らすまいと耳を傾ける私を家人として受け入れてくれたのかも知れない。干場さんの話はまだまだ続く。
蜜を溜めた巣板上部を少し削ると、そこを蜜蜂が掃除して産卵が始まる
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