ミツバチボランティアは毎週土曜日
この日の作業を終えて和気あいあいの雰囲気の中、干場さんが全体の状況を説明する
翌朝は、同じ建物の屋上の蜂場で、坂戸市が運営し干場さんが講師を務める「坂戸市ミツバチボランティア」が開催された。13年前から始まった養蜂教室で、参加者は初回から参加しているベテランから今年初めての初心者まで10名ほど。参加者はそれぞれ面布と手袋を着け万全の格好だ。挨拶が終わると、干場さんはさっそく昨日聞いたばかりのクイーンパイピングを話題にしたが、そう上手い具合に女王蜂が鳴いてはくれない。おまけに先日録音したスマホを家に忘れてきたとのこと。しかし、誕生したばかりの女王蜂の姿を参加者に見てもらうことはできたようだ。「あと2、3日しないと交尾には出ないと思います」と干場さんが説明している。「流蜜が最盛期に向かうこの時期の内検は王台が出来ていないかを確認するのが主たる目的ですよ。分封を避けるためですね。来年からはずぼら養蜂でやってみたいと思いますが、今年はまだ実験中です」と総論的な話をした後は、参加は3回目だという小野澤さんと村田さんの女性2人が干場さんの指導を受けながら内検を始めた。
「この巣箱は新王が居るので隔王板は付けません。新王は小さいので隔王板を抜けられるけど、戻れなくなったら交尾に出られなくなっちゃいますからね」と干場さん。別の巣箱を内検していたベテラン組から質問が出る。「雄枠に大きな王台が出来ていたんですけど、その王は雄ですか雌ですか」。干場さんが即答する「雄です」。
坂戸市ミツバチボランティアは毎週土曜日の午前中に開催されている。ボランティア講習が終われば希望者が干場さんを囲んで昼食会になった。参加していた一期生の田中篤史(たかな あつし)さん(56)にミツバチボランティアに参加した動機を聞いた。
取材を終えた私を野原の中から見送る干場さん
「長野県の祖母の姉の家に小学生の頃の夏休みに遊びに行った帰りのお土産に蜂蜜を貰っていたのが潜在意識にあったのかな。そこのおじさんは熊が出たと言ったら鉄砲担いで行っちゃうような人だったから……。小さい頃から坂戸市に住んでいて、小学生の頃は周りが桑畑で低い土地は田んぼになっとったですね。そこそこ自然のある所で暮らしていたんかなあ」
田中さんの話を聞くと、蜜蜂に関心を持ったのは幼少期の体験が大きな導線になっているように思えた。干場さんが幼少期に過ごした北海道留萌市での山や川の記憶が蜜蜂研究の動機になっているのも頷ける。全国津々浦々で都市化が進み、子ども達が遊ぶ小さな野原が町から消えてしまっている現状は、養蜂業界の未来を担う人材の幼少期体験を断っているのかも知れない。世界の農作物の3分の1以上を蜜蜂による受粉交配が担っている(世界食糧農業機関)現実を考えると「都市で暮らす消費者こそが環境の変化に危機意識を持つ必要がある」と、干場さんは伝えているのではないだろうか。
ここまで書いて、あの、左耳に携帯電話を押し当てたまま急ぎ足で野原を歩いて来る干場さんの少年のように活き活きとした姿を思い出した。キラキラと輝く身近な自然の魅力を知った少年は、喜寿を迎えた現在も少年の心のまま蜜蜂と共に人生を歩いている。こんな幸せがあるだろうか。
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