2024年(令和6年6月) 78号

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 新女王が鳴いているんです

 昼食の後、干場さんが世話をしている養蜂場へ連れて行ってもらえることになった。坂戸市内なのだが場所は明確にできない。到着して驚いた。養蜂場はコンクリート造り建築物の屋上だ。屋上に上がってドアを開くと、すぐ目の前に継ぎ箱になった巣箱が5箱と単箱が1箱並んでいる。2段だが間に脱蜂板(脱蜂器を付けて蜂が上の段から下への一方通行になる装置・インナーボードともいう)を挟んであるため蜂が居なくなっている継ぎ箱を外して、干場さんが巣箱の内検を始めた。すると、すぐに「女王が誕生していますね。生まれて1日目か2日目、未交尾です」と声を掛けてくれた。見ると、働き蜂よりは一回り大きな体で胸部が黒くて大きく胴体の長い女王蜂が群の中を歩いている。ビーッ、ツ、ツ、ツ、ツと何かの小さな音が聞こえた。「クイーンパイピングですよ」と、干場さんが少し驚いた様子でつぶやく。「未交尾の新女王が鳴いているんです」。再び、ビーッ、ツ、ツ、ツ、ツと唇を閉じて細かく震わせた時に出るような音が小さく聞こえる。新女王が鳴いている間は、周りにいる働き蜂がその声に聞き入るように一斉に動きを止めているのが印象的だ。

 「未交尾の女王蜂は胸の飛翔筋を震わせて音を出しているんです。その音が巣板に振動として響いて伝わってくるのを、働き蜂は両脚に聴覚器があるので、動きを止めて振動を聞き取っているんですね」

 ビーッ、ツ、ツ、ツ、ツ、女王蜂の鳴き声を、干場さんがスマホで録音している。「鳴くのは新女王だけですから、鳴き声を聞けるのは珍しいですよ」。新女王は鳴くと、これまでも[羽音に聴く]の取材で話には聞いていたが、実際に鳴き声を聞いたのは初めてだった。私も神秘の鳴き声を聞いて厳かな気持ちになっている自分に気付いた。

 干場さんがさらに内検を続ける。内検をしている巣箱は、育児圏の巣箱なのでビースペースはきっちり8ミリを保っている。巣板の端に付いた4ミリのスペンサーがぴったり当たり、その隙間は蜜蜂一匹が行き来するのにちょうど良い空間であることが分かる。巣板の隙間から上を見上げるように一列になって顔を出す蜜蜂たちを見ていると、愛おしささえ感じる。

 干場さんが巣箱の外側に入れてあった巣板を取り出すと、中央付近には蓋が掛かって幼虫や蛹が居る巣房になっているが、周辺には蜜が溜まっていて今にも蜜蓋が掛かりそうな気配だ。干場さんが蜜を溜めている巣房の上をハイブツールで撫でるように少し崩していく。「ここを掃除して子どもを産んでと、蜂との会話ですね」と、干場さん。額面蜂児の作り方を実践して見せてくれているのだ。これで本当に額面蜂児ができるのかと心配になるほど、ごく簡単なことだ。1850年代にラングストロースが近代養蜂技術を確立した以後、世界で誰も言及しなかった額面蜂児の技術を惜しげもなく披露する姿に、心から養蜂技術を広く知って欲しいと願っている干場さんの気持ちが伝わってきた。

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