2024年(令和6年7月)79号

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満開のニセアカシアの花

ニセアカシアの花房が垂れている

満開のニセアカシアの花房

 沼田市街地の外れで利根川に合流し、くっきりとした河岸段丘を形成している片品川の堤防に車を停めた途端、「グゥァー、グァ」と少し濁った甲高いキジの鳴き声。鳴き声の方へ目を向けると雄キジが一羽、小林周さんと籏福美紀さんが昨日内検をしていた巣箱のすぐ近くをゆっくりと歩いている。私はそっと運転席から降り、カメラの交換レンズを100ミリに付け替えた。私が使うレンズの中では最も望遠系のレンズだ。キジから目を離さないようにして、そっと右横に移動する。キジを撮影した時、背景に巣箱が並んでいる様子を写し込みたいためだ。しかし、私が前へ行けばキジは後へ下がり、私が右へ行けばキジも右へ移動する。距離は縮まらないままキジを堤防の端まで追いつめた格好だ。後は、距離を縮めるしかない。一歩前へ出るとキジはその分後退し、ついに堤防端の茂みに入り込み姿が見えなくなった。私はキジの居た辺りへ小走りで行ったが、もう姿を確認することはできなかった。

 キジとの駆け引きから我に返ると、並べられた巣箱の近くに満開の花房を垂らしたニセアカシアの大木が並木となって白い花の壁を作っていた。蜜蜂にとっては、食べきれないほどのご馳走を食卓一杯並べられたようなもので、外勤蜂は皆が巣箱を出払ってニセアカシアの花蜜を採りにきているだろうと思ったが、意外と蜜蜂の姿を見ることはない。花と巣箱の距離は近い所で約5メートル、離れていてもおよそ10メートルである。蜜蜂は半径2キロメートルの距離までは花蜜を採りに飛ぶと聞いているが、目の前にあって効率の良い花に来ない筈はない。花房に群がる蜜蜂の姿を想像していたが、カメラを構えて待って待って、やっと私の近くの花に一匹現れるという状態だ。天候の問題なのか、時間なのか、人間(私)が花房の前に居るからなのか、合理的に考えれば、これほど恵まれた採蜜場所はないと思われるが、蜜蜂にとって合理的であることは重要でないのかも知れない。もしそうだとするならば、採蜜する花を決定するために効率より優先される要素とは何なのだろうか。それを蜜蜂から学ぶことができるならば、人間社会が行動する一つの指針となるに違いない。

ニセアカシアの花蜜を採りにきた蜜蜂

 蜜蜂の祖先であるハナバチの存在は1億5千万年前の化石から確認されている。私たち人類ホモサピエンスが現れたのは40万年前から20万年前とされている。蜂と人類の交流の場面としては、紀元前7000年前にスペインの洞窟の壁画に人が蜂蜜を採取する様子が描かれているそうだ。あの小さな命でありながら1億5千万年以上も生命を繋ぎ続けてきた蜜蜂には、人類の合理主義を超えた知恵がありそうな気がする。地球温暖化による環境の変化に私たちは危機感を募らせて、決定的な解決策は見いだせないまま滅亡へ向かっている状況だ。

 そんな危機感を解決するのに示唆を与えてくれたのが、本号の取材を終えた4、5日後だったが小林豊さんから頂いた電話だった。その内容は概ね次のようなことだ。

 「今年のようにニセアカシアの花が見事に咲いたことが以前にもあったと思い出していると、それが東日本大震災のあった2011年以来のことだったんです。あの年にも東日本から北関東まで放射能汚染が問題になりましたよね。そして4年前から続いたコロナ禍があって、昨年の夏は経験したことのない異常な暑さでしょ。蜂を育て、花を見ていると、何よりも優先されているのが自らのDNAを残そうとしている営みだと思えてくるんです。花はいっぺんに満開にはなりませんよね。ちょっとずつずれて花が咲いていくのもリスクを回避して自らのDNAを残そうとしていると思えるんです。DNAを残す、蜂も花も、それが根底にあるのではないですか」

 蜂を育て、花を見ている養蜂家ならではの説得力がある自然感だ。人類の進歩は経済的合理主義が支えてきた側面は否定できない。しかし、その結果として経済先進国では少子高齢化、人口減少の危機感が現実となっている。今こそ経済的豊かさを追うのではなく、人類も生命の営みの根幹である「DNAを残す営みに帰れ」と蜜蜂から学ぶ時がきているのではないだろうか。

ニセアカシアの花蜜を採りにきた蜜蜂

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