2024年(令和6年8月) 80号

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簗場さん宅の庭に咲くルリタマアザミ

簗場さん宅の庭に咲くヒメキンシバイ

 「無駄に広いんです」と簗場孝一さん(69)は、取材中に何度も言った。

 盛岡市内の裁判所前を起点とし、秋田県横手市へ続く県道1号線が御所湖に突き出した岬に入ってすぐ、斜め西へ入る細い緩やかな坂道がある。車の幅ほどの細道を20メートルほど走ると前方斜め右から上ってきた細道とぶつかる。その三差路を左へ、つまり西へ折れ30メートルほど行った先の突き当たりが簗場さんの自宅だ。蜂場は自宅の裏にあり、蜂場の奥は大きなヒノキが一列に立ち、その奥も大きな樹木が帯となって御所湖を縁取っている。

 つまり、御所湖の東の淵に沿って走る県道1号線から簗場さんの自宅と蜂場を越え、森を突き抜けると御所湖の反対側の湖面に至るのだ。県道から入る坂道から自宅へ向かう細道の両脇は、自然の野原らしき雰囲気を漂わせているが、孝一さんの妻由紀子さん(72)が手を入れ世話をしているのかも知れない。

 県道から細道に入って三差路の傍らで目に付いたのはルリタマアザミだ。蜂が花蜜を採りにくるような花ではないが、無機的な花の姿が印象的である。調べてみると雑草という訳ではなさそうなので、由紀子さんが種を蒔いたのだろう。ルリタマアザミの種を蒔くという植物の嗜好に清々しい人柄を想像する。

蜜源として庭に種を蒔いたイブキジャコウソウの香りを確かめる簗場さん

 細道を挟んで三差路の角に咲いていたのは、ヒメキンシバイである。調べてみたら外来植物ではなさそうだ。地下茎で広がる多年生で、背は高くはならないとある。この花にはひょっとしたら蜂が寄ってくるかも知れないと、しばらく待ってみたが羽音一つ聞こえなかった。時間帯の問題なのか、そもそも蜜源植物とはならない花なのか。蜂場までの距離は途中に自宅の建物はあるものの、50メートルほどしか離れていない。

 他にもセイヨウノコギリソウや、キバナノコギリソウ、自宅近くにはレウカンセマムなのかマーガレットなのか私には判別できない花びらが白く花心が黄色の花が群生していたが、一匹の蜂も来ていなかった。

 諦めて撮影を止めようとしていたところに、簗場さんが蜂場の仕事を終えて姿を見せた。蜜蜂の姿が全然見えないと話すと、「時間が遅すぎる」と指摘された。7月の中旬なのでまだ明るく時間を勘違いしていたが、時計を見るともう午後5時を過ぎている。確かに、この時間では蜜蜂は飛ばないだろう。翌朝、再挑戦することにする。それに、私は気付いてなかったのだが、細道の南側にはイブキジャコウソウが一面に咲いているのを簗場さんに教えてもらった。

イブキジャコウソウの傍にホタルブクロの花

 翌朝のことだ。イブキジャコウソウが咲く傍らに座り込んで様子を見ていると、四方から羽音が聞こえる。「これだ、これこれ」と気持ちが浮き立つ。しかし、目の前にはなかなか蜂の姿が現れない。約10メートル四方の面積に少々満開を過ぎたイブキジャコウソウが咲いている。その中に足を踏み入れれば、目の前で蜂を撮影できるだろうが、昨夕の簗場さんの話だと、由紀子さんが種を蒔き世話をしているというのだから、花を踏みつけて花園の中に入る訳にはいかない。根気よく蜂を待つと腹を決めると、間もなく、花蜜を求める蜂が一匹一匹と目の前の花にやって来た。しかし、イブキジャコウソウの花一つは極々小さい。つまり蜂が口吻を伸ばして花蜜を採る間は一瞬だ。おまけにイブキジャコウソウの背丈はおよそ20センチ。地面に腰を下ろしても、上から蜂を見下ろすアングルでしか撮影できない。寝転がって花の高さとカメラの高さを同じにするしかないようだ。花園の縁に体を沿わせて、イブキジャコウソウと添い寝をするような形でカメラを構えると良い具合になった。しかし、難点はまったく移動ができないこと。1メートルほど離れた所で蜂の姿は見えるが、撮影には遠すぎる。ひたすら目の前に蜂が来てくれるのを待つしかない。

 そうこうするうちに1時間余が過ぎていた。頭上で突然「大丈夫ですか」と声がする。私が蜂場に姿を見せないため、簗場さんが心配になって様子を見に来てくれたのだ。イブキジャコウソウの花園の縁で倒れている私を見て、熱中症で倒れたのかと心配したようだ。とんだ騒ぎになってしまった。私の集中力も切れてしまった。何とか1枚でも使える写真が撮れていることを祈って、花園を後にした

イブキジャコウソウの花蜜を採りにきた蜜蜂

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