養蜂家は蜂を好きになったら駄目
志知蜂場 売り蜂に砂糖水を与える正浩さん
翌朝は、桑名市の志和蜂場で、一昨日に続いて間もなく出荷する売り蜂の内検だ。朝日が射す前の1月下旬の蜂場は、かなり冷え込んでいる。巣門から出ている蜂がまったく見当たらない。天気予報では近いうちに更なる寒波が襲うと伝えている。そんな時、どんな対策をするのかと正浩さんに聞いた。
「餌を余分に与えてやることかな。蜂の密度をグッと詰めてやることで翅を震わせて熱を出しますから……。そのためには餌が足りないとエネルギーが出ないからね」
同じことをしているようでも、状況に合わせて微妙に仕事の内容は変化しているということだ。
内検をしていた英幸さんが給餌箱の中に入っていた蜂を、本来だと巣門の前に払い落としてやるのだが、この朝は、巣箱の中に払い落としている。「こんだけ冷えていると、巣門の前で払ってもまず(巣箱の中に)戻れないので」と言う。わずか数センチの距離でも、寒さが厳しいと蜜蜂の体は固まったように動けなくなる小さな命の儚(はかな)さがあるのだ。
片田蜂場 内検を終えて英幸さんが蜂の成績をノートに記入する
さらに英幸さんは、給餌箱に砂糖水を入れ終わった後で巣箱の底に少しだけ故意にこぼしている。「(巣箱の)底に凍えとるのがおったもんで、ひょっとして(餌を与えたら)回復するかも知れんと思うて……」。観察が繊細というのか、蜜蜂への愛情が深いというのか、養蜂家の心情が伝わった。
志和蜂場からの帰り道。運転していた正浩さんが、桑名市と四日市市の間に連なる養老山地と濃尾平野の境界と養老山地の南に延びる断層帯の丘陵地を「これが宝庫なんですよ。この山沿いに蜂場がずーっとありますんで、この山がなかったら蜂場の確保は難しいですね」と教えてくれた。「桑名市は養蜂に適した土地なんです」と、正浩さんが何度も言っていた理由がここにあったのだ。
2日間と半日、正浩さんの仕事に密着させてもらった印象をひと言で言えば「プロフェッショナル」である。無駄を排し合理的に蜂を采配し、いかに経済効率を上げるかを常に考えながらも多い時には1200群いる蜜蜂の状態を映像で把握し、蜜蜂に最適の環境を与え続けている養蜂家なのだ。
初日の仕事が終わった後、「生き物が好き」と言う従業員の山田淳一さんに、私が「養蜂場の仕事で良かったですね」と言ったのを聞いた正浩さんが、後日、「養蜂家は蜂を好きになったら駄目なんです。好きになれば毎日でも会いたくなる。それでは養蜂場の経営はできない」と、指摘されたことがあった。これは深い言葉だ。
志摩半島での仕事を終えて帰路に就く
Supported by 山田養蜂場
Photography& Copyright:Akutagawa Jin
Design:Hagiwara Hironori
Proofreading:Hashiguchi Junichi
WebDesign:Pawanavi