グミの木に分封の蜂球
内検を続ける大台さんが「面白いですね、蜂は」と呟く
翌日は、井手蜂場。良く手入れされた農園の一角に巣箱が40群ほど置かれてある。周りを囲む木々の新緑がまぶしいほどに輝いている。
「今日は気温低いし、刺されるような気がするけど、様子見てみて一回刺されてから面布着けるかな」と、私に言っているのか独り言なのか、燻煙器の燃料にする新聞紙を短冊に破りながら、大台さんが呟いている。
「大原の上の上へ移動すれば、まだサクラ蜜が採れるので、今日、ここでは新しい大原の蜂場へ移動させる群を選びます。昨日の上賀茂蜂場は良い場所なんで、まだ置いといてもええんじゃないかな」
分封して蜂球になった蜂を大台さんが素手で包み込み、巣箱に戻そうととする
分封した蜂球の下に巣箱を持っていき、大台さんがグミの木を揺らして蜂を巣箱に落とそうとする
作業の内容が私に分かるように、大台さんが考えていることを言葉にして伝えてくれているのだ。大台さんは昨日と同じように、半袖のTシャツ一枚にサファリハットを被り、両手の親指と人差し指に白い絆創膏テープを巻いた軽装で仕事をしている。巣箱の位置を記録した紙がクリップで留めてあり、一つの巣箱の内検を終える度に、その内容を言葉で記録している。「次の内検のために、今日のデータを書き込んでおくんです。ほんまは一つの群をずーっと観察して追いたいんですよね。でも、全然、手が追い付かない」と大台さんが蜂を見る視点は、研究者のようだ。
内検が始まって間もなく、大台さんの動きが止まっている。何か問題が起こっているようだ。
「卵をいっぱい産んでいるから、この群は良いなと思っていたけど、女王が生まれた跡の王台が一つあったので、どうしようと悩んでいたところに、未交尾の女王蜂をちょうど見付けることができたので良かったです。旧王は可哀想だけど、潰して仕舞わないとならないんです。もし、この新王が生きて交尾に出て戻ってきたら、旧王は分封してしまいますからね」
大台さんは旧王を捕らえていた人差し指と親指に力を入れ、動かなくなった旧王を地面にそっと落とした。地面に横たわった旧王はわずかに翅を動かしたが、すぐ動かなくなった。残酷に思えるが、新王が誕生してしまった自然界の結果をコントロールしていくのも養蜂技術の一つである。
分封した群を巣箱に戻してから昼食だ。大台さんは自炊で弁当も作る
分封を怖れて旧王を潰したのだが、この直後に、別の群が分封しているのを発見することになる。大台さんが蜂場の端に生えたグミの木の茂みを覗き込んでいる。近づいて見ると、大きくはないが楕円形の蜂球が出来て、周りを無数の蜂が羽音を立てて飛び交っている。大台さんは慌てる様子はなく、しばらく状態を観察した後、空の巣箱を一つ持って来て蜂球の下で支え、蜂球が付いているグミの枝を揺すって蜂を巣箱に落とそうとした。しかし、蜂は乱れ飛ぶばかりで巣箱には入ってくれない。作戦変更だ。蜂球の蜂を両手で優しく包み込んで捕らえ、傍に置いた巣箱に移している。もちろん素手のままだ。一気にとはいかないが、何回か蜂を包み込んで移すことを繰り返すと巣箱の蜂は少しずつ増え、女王蜂が巣箱に入れば、やがて群は巣箱に落ち着くことだろう。一件落着だ。
大台さんは独り住まいで自炊をしている。当然、持ってくる弁当も自分で作っている。私はコンビニで買った弁当を食べながら聞いた話を一つ思い出した。
「冬に餌をやると、一斉に餌を食べに来るんだけど、その集り方が半端ないんです。それでも争わないできれいに一列に並んで食べるんですよね。こいつら集団で個なんだなって思いますね」
蜜蜂群を見る養蜂家ならではの把握だと新鮮だった。
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