日陰にすると怒るんで
社長の温泉の蜂場で富岡さんが内検をする
橋詰さんが内検を進めていたところに、富岡さんが相談するように声を掛ける。「これ、やばい気がしますね。女王蜂が居ないかも……。変成王台がやたらと出来ている」。橋詰さんが「どっかから持ってくるべ」と応える。どうやら養成群から女王蜂を連れてくるつもりのようだ。富岡さんが四つ目の巣箱を内検している時、巣箱の反対側へひょいと移動して、再び、何ごともなかったように内検を続けた。不思議に思って移動した理由を尋ねると「(巣箱を)日陰にすると、(蜂が)怒るんで……」と答えた。陽が高く昇り、同じ向きから巣箱に向かっていると、自分の影が巣箱に落ちて、蜂を怒らせてしまうと言うのだ。なかなか繊細な気遣いである。
この日は作業をする蜂場が遠いため集合時間を早めたが、通常は養蜂チームの始業時間が9時だと橋詰さんが話していたのを思い出し、その理由を尋ねた。
「蜂場の仕事を朝早くに始めると、流蜜源を探しに(巣箱を出て)行った蜂が(巣箱に)帰ってきて、(巣箱の中で蜂の)朝のミーティングが始まる時に邪魔をしちゃうことになるんで、蜜蜂の一日は狂いっぱなしだからね」
富岡さんにしても、橋詰さんにしても、こんなに蜂に気を使っている養蜂家がいるのかと、ちょっと驚く。
轟さんちの蜂場で内検をする将太さん。夏は燻煙器を使わない
内検をするために富岡さんが隔王板を外す
「轟さんちの蜂場」の内検が終わったのが、11時過ぎ。蜂場傍の木陰にシートを敷いて持参の弁当で昼食だ。次の蜂場へ移動するため蜂場を出発すると、蜂場を借りている地主の轟光毅(とどろき こうき)さん(87)の姿が自宅の庭に見えた。橋詰さんがすかさず軽トラを停めて走って行く。そんな橋詰さんの人懐っこさが地主との信頼関係を維持していると伝わってくる。
北軽井沢へ移動して「社長の温泉の傍」と呼ぶ蜂場で、7群の内検である。広場の奥に分厚い板で囲まれた手作り風の温泉があり、傍に小さなテント式サウナもある。温泉の後ろ側には熊川が流れ、自然を満喫するためのプライベート温泉であることが一目で判る。言ってみれば、有限会社きたもっくの社長の自然観がそのまま形になった温泉である。
狩宿蜂場で横山さんが蜜蜂に乳酸菌の入った水を掛ける
「林(蜂場)と轟さんち(の蜂場)が土曜日で、ここは月曜日か」と橋詰さんが、富岡さんに確認するように聞いている。高崎市内の蜂場から移動して2日目の蜂場だ。設置して2日目ということは、まだ採蜜できるほどの蜜は溜まっていない。女王蜂の産卵の状態を確認し蜂群の勢いを見るなど基本的な内検をするだけの筈なのに、橋詰さんが巣箱の前に座り込んだまま先へ進まない。右手中指の先にトゲが刺さったようだ。「これだからねぇ、やっぱ手袋した方が良いんだけど……、やっぱねぇ」。橋詰さんは蜂に優しく接する素手の作業にこだわっている。橋詰さんの様子に気付いた富岡さんが、毛抜きでトゲを抜こうとするが、トゲが指先に埋まっていて悪銭苦闘している。
トゲは取れたのか、取れなかったのか、やがて橋詰さんは内検を再開したが、次の巣箱の前で再び進まない。「これ女王を交換した群なんだけど、産みが悪いなと思っていたら、上(継ぎ箱)にも卵があって下(単箱)にも卵があって、全体として産みは少ないので、下の女王は居ないか弱っているかだな。女王を入れるかな」。私に説明をしているのか、独り言なのか、呟くように声に出している。結局、養成群から女王蜂を持ってきて、交代させようとしているようだ。
乳酸菌の入った水を噴霧された蜜蜂。「寒い時には煙、暑い時は水」と橋詰さん
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