2025年(令和7年7月) 85号

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ダニは神が遣わす使徒

 橋詰さんが報告する。「何か黒れぇ花粉が入ってんだよな。何かな。蜜の溜まり(具合)を見ると、運んできたままではなく、ここで溜めているな」。

 このように内検で見たことを声に出して伝えることで、富岡さんと情報を共有しているように思えた。この日、養蜂チームの仕事は午後3時で終了した。午後の日射しが巣箱に照り付けている。暑さを逃れて巣箱から出て周辺に集っていた蜜蜂たちが、ブラックホールに吸い込まれるように巣門の中に姿を消している。

 翌朝の約束をして別れる間際に、橋詰さんが私に話し掛ける。

 「ヘギイタダニは神が遣わす使徒なんですよ。聖書で楽園として描かれているミルクと蜂蜜のある世界を目指して、社長が養蜂をやると言い出したんです。ここは元々酪農の地域ではあったので……」

 意味深な言葉に戸惑った。ヘギイタダニを神の使徒と言うのは、どんな心理を表しているのか。神が自らに与えた試練として捉えているのだろうか。その真意を聞き逃してしまった。

 翌朝の蜂場は、橋詰さんが最初に案内してくれた鎌原蜂場だ。この日は養蜂チームのもう一人、横山忠(よこやま あつし)さん(52)も顔を見せている。中一日空けただけだったが、蜂場傍のトチの花は大きくトウダチ(薹立ち)して、ほぼ満開のようだ。

 「養蜂チームで働き始めて丸5年、6年目に入りました。私は埼玉県川越市の出身で、親父が定年退職後に趣味で養蜂を始めたんです。親父の手伝いをして3、4年は養蜂をやったのかな。大きな被害をもたらした台風19号の時に親父の種蜂も全滅しちゃったんです。丁度その頃、12年間やっていた臨床検査の仕事が夜勤続きで体を壊していたこともあって、田舎で養蜂をやって暮らしたいと思い始めていたんです。カミさんが群馬県藤岡市出身だったので藤岡市付近の養蜂家を探してみようかなと思っていたんですけど、県内でここの募集を見付けてすぐに……。あんまり後先のこと考えないんで、なるようにしかならんですから。カミさんが美容師をしていたもんで、一年くらいは単身赴任で来ていたんです」

 横山さんの経歴を聞いているところに、橋詰さんが山羊と犬を連れて蜂場に到着した。山羊は会社で飼っている「蓬(よもぎ)」で、犬は橋詰さんが飼っている「弦朋(こと)」だ。蓬と弦朋は、軽トラの荷台から飛び降りると蜂場周りの草むらを勝手に歩き回っている。橋詰さんの居る所には自然と和やかな空気が流れる。蜂場近くの林からホトトギスの鳴き声が聞こえる。

 養蜂チームの3人は、各自で担当する巣箱があるかのように分散して内検をしている。横山さんが内検を終えて蓋を閉めた後、塩ビ波板を乗せ、その上に重石としてコンクリートブロックを通常は横に置くのだが、3つ目の巣箱の時に立てて置いている。その理由を聞いた。

 「無王になっちゃってたんです。変成王台が出来ていたんで、そのまま変成王台の女王蜂を活かそうと考えたんですけど、近々、高崎市内に置いてある育生群を持って来るらしいので、変成王台を潰して、育生群と合同することにした目印なんです。無王期間が一日以上空いていれば合同しても問題ないですからね」

 遠くの林からカッコウの鳴き声が聞こえてくる。養蜂チーム3人の内検が終わったようだ。「ようだ」というのは、区切りのような合図がある訳ではなく、3人がジワッと軽トラの近くに集まってきて、何となく帰り仕度が始まるからなのだが、養蜂チームには常に緩やかな時間が漂っている。

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