2025年(令和7年9月) 86号

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あいつら全部見てんだぞ

 蜂場は、自宅に近い谷間を切り拓いた所にあった。歩いても4、5分の距離だが、道具があるので軽トラで行く。電柵できっちり囲ってある。「熊避けですね」と、遠藤さん。こんなに民家に近くても熊への警戒は必要なのだ。電柵の電源を落とし、内検の準備が終わると、遠藤さんの最初の仕事は蜂場一面に敷き詰めたシートの上に散らばっている蜂の死骸を掃き集めて処分することだ。働き蜂の寿命は通常約一ヶ月、毎日産まれて毎日死ぬ。死期を自覚した働き蜂は自ら巣箱を出て命を全うしていると聞いたことがあるが、巣門の前に身を隠す茂みがないため、シートの上で命が絶えているのかも知れない。

 働き蜂の死骸を掃き集めながら遠藤さんが私に語り掛ける。

 「去年は今の時期、スズメバチが一日100匹くらい来たんですよ。真っ黒くなるくらい来たんですけど、今年は全然来ないんですよ」

 もちろん、スズメバチの来襲はないに越したことではあるが、その理由が分からないために気掛かりが続く。9月上旬、この時期の内検は越冬の準備だ。巣板を抜いて卵の有無を確認する。つまり何らかの原因で女王蜂が居なくなっていないかどうかを確認するのだ。卵を確認したら、遠藤さんが「プレミアム」と呼ぶ代用花粉を餌として与え、巣板には除菌のために次亜塩素酸水を噴霧する。最後に、内側に金網が張ってある夏仕様の蓋から密閉式の冬仕様に変更して、次の群へ移動する。この繰り返しだ。

 「君塚さんはムダ巣を取らないんです。『蜂が必要としているからムダ巣を作るんだよ。それを取ったら可哀想だろ。ムダ巣を取ったって採れる蜜の量は変わんないんだ』って、師匠は言うんです。師匠だって100%正しいとは限らない、とノートに書いてあって、別のやり方をしてみても、その結果、99.9%師匠のやり方に戻りますね。師匠が試行錯誤して得た知識を伝えてくれているんで、やっぱりほとんど正しいです」

 「師匠から学んだことは沢山ありますけど、『あいつら、ものしゃべんねえだけで、全部分かってんだぞ、全部見てんだぞ』と言われた言葉は、常に意識していますね。良い血統の女王蜂の群をつくる方法として、春に割り出しをした時、巣門を一匹だけ通れるようにテープで塞ぐんですよ。割って蜂数が減っているので巣箱の温度を保つためなんですけど、蜂がこうやって欲しいなと思っていることをやってやる、それが君塚方式なんです。ムダ巣を取らないのも、その一つなんですよね」

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