射撃場で100m先の標的を手持ちのライフル銃で狙う
標的を回収した後、射撃場の仲間と話しながら射座に戻る遠藤さん(右)
射撃場は当然のことながら周囲に民家などのない雑木林に囲まれた広い窪地にあった。遠藤卓弥さんはプレハブ造りの事務棟で受付を済ませると、更に一段下がった射屋の前で車を停めた。遠藤さんが「これを着けてください」と防音ヘッドフォンを差し出す。音のことまでイメージできていなかった私は、射撃という行為が現実味を帯びてきて緊張が走る。射座は、深さ幅共に1メートルほどで横に長い壕になっている。射撃者は横に並んで的を撃つ構造だ。射屋は木造で2人分が一区切り、上部にはH鋼の柱にスレートを葺いた簡易構造の屋根が架かっている。
遠藤さんは2人の先客に軽く挨拶をすると、2丁のライフル銃をケースから取り出してライフルスタンドに立て掛ける。射座の壕に蓋をしてあった合板を外し、淡々と射撃の準備を始めた。アメリカ製の長距離用ライフル銃をスタンドから取ると、三脚型の銃架にセットして射座の準備を終える。その後、約50センチ四方の紙に9つの点を均等に印刷した的を持って着弾地へ行き、的をセットして射座まで戻ってきた。遠藤さんが「今日の距離は200メートルです」と、教えてくれる。
その時、突然、「バーン」と激しい衝撃音が射座に響いた。遠藤さんから5メートルほど離れた右隣の男性がライフル銃を撃ったのだ。防音ヘッドフォンを着けていても、相当な衝撃音。しばらく心臓がドキドキしていた。
遠藤さんが「始めますよ」と目で私に合図を送る。私も頷いて合図を返す。遠藤さんはライフル銃のスコープの焦点を合わせると、銃床を右肩に当て、両肘を床に着けてゆっくり引き鉄に右手の人差し指を掛けた。遠藤さんの表情が緊張を帯びたと思った瞬間、「バーン」と衝撃音が耳元で響いた。遠藤さんの表情から引き鉄を引く予兆は感じ取れなかった。一瞬遅れて私はシャッターを押す。遠藤さんの口元が少し緩む。満足そうだ。
採ってきた松茸の埃を払う刷毛
遠藤さんはライフル銃の弾を自分で作っている。
「アメリカ製の市販品もあるけど、当たんないですよ。火薬の量も一定ではないし……。100メートル離れて10センチくらいのズレが出ますからね。そうすると300メートルの距離だと、もう50センチのズレになりますから。自分で弾を作ると300メートルの距離でズレは10センチですからね。春の熊猟では、熊は体全体を見せたくないんですよ。枝や葉に隠れていて、ここなら弾が通るという位置まで待って撃つんです。熊のバイタルゾーン(致命傷になる部位)は、肺、心臓、脊髄なんですけど、300メートルで10センチでもズレるとバイタルゾーンを外してしまいますし、木の枝に当たっただけで弾のパワーが極端になくなるんですよ」
遠藤さんは銃架にセットした長距離用ライフル銃で4発撃つと、着弾地へ行き的を回収してきた。左隣の射座で撃っていたアメリカ人のビンセントさんも射撃を終えたようで、一緒に的を回収して、遠藤さんと言葉を交わしながら戻ってきた。遠藤さんが回収してきた的を見せてもらうと、印刷された右下の点の周りに、見事に2センチほど誤差で4つの穴が開いている。
朝3時半に起きて山へ行き、遠藤さんが採ってきたマツタケ
「銃の調整もありますから毎年9月くらいから撃ち始めるんです。気温が30℃を超えると着弾位置が変わるんで、夏はやらないですね」
ライフル銃がいかに繊細なのかが伝わる。遠藤さんは長距離用のライフル銃をスタンドに立て掛け、小型の持ち歩き用ライフル銃をスタンドから取り出した。「これを手持ちで撃って終わります」と、説明する。的は通常の同心円の的で、持ち歩き用ライフル銃は100メートルの距離だ。遠藤さんが射座の壕に立ったまま銃床を右肩に当てスコープを覗き込む。少しの間があって衝撃音が響く。
「去年210キロのツキノワグマを捕ったんですよ。200キロを超える熊をいつかは捕りたいと思ってきたけど、20年掛かってようやく実現しました」
射撃を終えた後、ライフル銃を撃った体の感触が思い出させたのか、遠藤さんがこれだけは言っておきたいというように目を輝かせて話してくれた。
翌朝、取材を無事に終えた御礼を伝えに遠藤さんの倉庫を訪ねると、青葉を敷いた巣箱の蓋の上にマツタケが5本きれいに並べてある。
朝早く山に入ることが、マツタケを沢山採る一番の方法だと経験で知っていますので、今朝3時半に起きて山に入って採ってきたんです」
ここでも又、遠藤さんのあの得意顔だ。自然児の面目躍如たる行動力である。
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