2025年(令和7年11月) .  87号

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新王が初めての産卵

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 取材3日目は、平山蜂場の内検から始まった。すぐ近くのみかん畑では蜂場を借りている地主さんが、みかんの消毒をしているようでエンジン音が響いてくる。みかん畑の奥は一面のセイタカアワダチソウが満開だ。

 ここでも石川さんが雄蜂の蜂児ができている巣板を見せて、細谷さんに何やら相談している。

 「この時期に雄蜂の蜂児があるということは、分封して残された新王の交尾相手を働き蜂が作ろうとしていると思うんですよね。この群は、それだけ群の勢いがあるということなので、蜂児枠を一枚、弱い群に入れてやろうかと相談していたんです」

 雄蜂は女王蜂と交尾する以外に役割はない。本来は春から夏に掛けて、花蜜や花粉の最も豊富な時期に蜂は勢い付き、新王が産まれ、旧王が率いる分封が発生する例が多いが、初秋の雄蜂の蜂児とは、何らかの働き蜂の思惑があるのかも知れない。

 巣箱から抜いて他の群へ合同するために立て掛けてあった巣板を見ていた。すると、集っている働き蜂の中に新王らしき女王蜂が一匹動いているのに気付いた。石川さんに確認すると、「あっ、やばい、やばい」と言いながら女王蜂を摘まんで巣箱に戻した。

 しばらくして巣箱に戻した女王蜂を確認すると、交尾前の新王だと思っていたが、巣房に尻を入れてじっとしている。産卵をしているようにも見える。再び、石川さんに確認してもらう。

 「これ、ひょっとしたら産卵しているのかも知れない。10月9日に王台が出来ていたので、王台から産まれて、それほど時間が経たないうちに交尾に出たなら、産卵の可能性もなくはないですね」

 新王が初めての産卵だったのかも知れない。

 養蜂部3人の緩やかな結び付きが心地良い。黒澤さんによると、先輩が昨年退社した後に残った3人で「ピラミッド型ではなく、それぞれが自らの役割を果たす養蜂部に」と、話し合ったのだと言う。石川さんはマネージャーであり年長者でもあるため、リーダーシップを発揮しているが、命令ではなく提案だ。黒澤さんは研究畑の出身らしく論理的だが柔軟性を秘めていて、組織マネジメントにも関心があるようだ。細谷さんは虫博士がそのまま養蜂家になったような面があって蜂への愛情の深さが伝わる。わずか3日間の取材だったが、私の直感だ。

 養蜂部の仕事振りを見ていて、開高健が何かの著書に書いていた「悠々として急げ」の言葉を思い出した。蜂場に緩やかな風が吹くようにゆったりとした3人の仕事ぶりだが、決して仕事が遅い訳ではない。蜂にとっても居心地の良い蜂場なのだろう。他所者の私が蜂場に入ると多くの場合、1匹や2匹は「刺すぞ」と言わんばかりに纏わり付く蜂がいるものだが、今回の取材中には1匹も現れなかった。

 株式会社長坂養蜂場は今年、創業90年を迎えた。「三ヶ日みかん蜂蜜」が象徴するように、養蜂部あっての長坂養蜂場なのだと意識した3日間だった。

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