2026年(令和8年1月) 89号

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高校時代の美術教師で現在も交流のある彫刻家古川敏郎さんの作品

蜜ロウを使って創った古川敏郎さんの鋳造作品

本編で取材をさせていただいた「八米」の髙橋敦志さんから案内されて、突然、アトリエをお訪ねし、わずか30分間ほどだったが話をさせてもらった彫刻家の古川敏郎さん(61)の作品と人柄にとても惹かれたので、少し紹介をさせていただきたい。

 

 阿賀野市保田の集落を抜けた外れの自然に囲まれて建つ古川さんのアトリエは、大雪警報が出ているここ数日間の寒波で、今は雪に埋もれているかも知れない。

 1964年に新潟県妙高市(旧妙高高原町)で生まれた古川さんは、新潟大学教育学部美術科と大学院で彫刻を学んだ後、新潟市にある敬和学園高等学校で20年間余、美術教師を勤めた。その間も自らの作品制作に励んできたが、50歳の節目でもあった2014年の春に教員の職を辞し、阿賀野市保田にアトリエ「古川彫刻」を設立したのだ。

 総板張りの外壁に小さな窓が開いている一見倉庫に見えるアトリエには、古川さんの小さな彫刻作品や制作途上の作品が並んでいた。作品を制作するための道具類が隙間なく置かれ、アトリエでの制作時間が充実していることを感じさせた。

 古川さんは、公募展には等身大の人体彫刻を出品している。その制作姿勢として、古川さんは後に、次のように手紙を寄せてくれた。

「私が追求する彫刻は時代が変化しても普遍的に残り続けるようなものです。それは、人間は人間に関心があるはずだということです。私的な感情や想いを人間の形に込める制作は、誰にでも共感されるものではないと思いますが、誰かに共感された時には深く刺さるものであってほしいと思っています」

 40年ほど前には、人をモチーフにして、そのエネルギーや情緒を表現したイタリア彫刻が日本でブームになり、彫刻コンペが開催され、野外に彫刻を設置するような動きもあった。しかし、現在では、彫刻が芸術の分野でマイナーな存在になっていることは事実だ。彫刻に関心を持って貰える人がいないと、彫刻家の仕事は自己満足で終わってしまう、と古川さんは危機感を抱く。そこで、古川さんは生活の中で彫刻を必要とされる提案として「彫刻教室」を開室し、「彫刻ブック」や「彫刻イス」を創っている。作品をどう鑑賞したら良いのか分からない人が、彫刻を本の形にすることによって手元の距離で鑑賞してもらおうとしたのが「彫刻ブック」だ。「彫刻イス」は、等身大の人体彫刻の太腿(ふともも)の部分を加工してイス代わりに使っていたが、3本脚を付けてバランスを整えてみても、前後を間違えるとひっくり返ってしまう。そこで、前後を判別する印として偶々手元にあった猫の彫刻を貼り付けたところ、それが「面白い」と評判になって、今では名刺代わりの作品となり注文も多く、これまでに120脚ほども作っている。「彫刻イス」の素材として使われているのは、人体彫刻を公募展に出品した後で返却された作品を解体した部分なのだそうだ。作品を地球上に残さないという行為に衝撃を受けた。

 古川さんは「心の重さ」というような精神的なものが反映されている作品を創りたい、と言う。美術教師の職を辞して、彫刻家として身を立てようとアトリエを仕事場にしたのは、経済的な安定や物質的な豊かさを求める行為から、精神的な充実感を求めようとする挑戦だったのだと思う。「心の重さ」を表現するとは、と考えてみても答がある訳ではなさそうだ。「技というのは、もっと上手くなろうとするけど、美術というのは〈上手く〉を目指していくと駄目になる」と、私たちが訪問した短い時間の中で話してくれた。しかし、技というのは、上手くなろうとしなくても回数を重ねることで勝手に上手くなってしまうものではないのだろうか。それでは毎日、アトリエで作品を創り続ける行為は、何を積み重ねているのか、と問う。「生きることや時間の価値などと向かい合うためにアトリエで仕事をしているのですが、自分で満足できる作品を一点でも生み出すことが夢」と言う。「決まった道が敷かれている訳じゃないので、自らが試行錯誤してやっていくしかないですよね」。古川さんが目指す「心の重さ」を作品に反映するために時間と向き合う行為は、禅僧の日々の修業そのものである。

古川敏郎さんが制作途中の木彫作品

 わずかな時間だったが、生きるとは何か、時間の価値とは何かを問い続ける彫刻家古川さんが、等身大の人体彫刻は解体してしまうという衝撃。つまり、作品はこの世に存在する必要はないのだ。そんなことを考えて彼と交わした禅問答のような会話を振り返ると、彫刻家という表現者は、生きること自体が作品なのだと、気付かされる。

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