本音ではやって欲しくはなかった
「中山さん」蜂場で巣箱から取りだしたムダ巣に溜まった蜜に蜂が群がる
「最初は日本蜜蜂を始めたんですよ。小っちゃな体で蜜を集めて来てですね。巣門を一日中見よっても飽きんとですもん。でも、日本蜜蜂をやったのは、そこ1、2年でしょうね。日本蜜蜂の蜂蜜では商売に無理だなと……。それで西洋蜜蜂の勉強を始めたんですけど、50歳前後やったから難しい時期ではあったんですね。それで妻の美智子(みちこ・66)に話したんですけど『なん、それ、私、嫌よ』という反応やったですもんね。迷いはありましたよ。ここで(表具屋から養蜂家に)切り替えて良いもんやろか悪いもんやろか。『内装ではお前が一番』と言われよったからですね。ばってん、悩んだですよね。元々表具屋も吾が一代でやってきよったもんで、浮き沈みはあるもんで、養蜂も俺一代でも良かという思いはありましたね。息子が養蜂をやると言い出した時、本音ではやって欲しくはなかったですね。そりゃ嬉しさもありましたけど、浮き沈みがですね……。でも、息子が5年で(西垂水養蜂園での修業を終えて)帰ってきたもんで、それで全面的に切り替えて息子の手伝いをすることにしたんです」
田柄蜂場 移動する前に初代父親の正広さんと並んで代用花粉団子を与える宮本聖也さん
相谷蜂場で正広さんが内検をするために移動する
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