コンクリートの壁と用水路に挟まれ、轍の残る農道に踏み込んだ途端、足下がふわっと白い真綿に包まれたような感覚に襲われた。霜だ。3月中旬にしては強い冷え込みの朝だった。その霜の降りた農道を40メートルほど進むと、目の前が明るく開け、幻想的な乳白色に輝く光景が広がった。僅かに段差のある冬の棚田が遠くまで広がり、緩やかに蛇行する田んぼ道が奥へと伸びている。足下のシロツメグサの葉は縁取りするように霜が付き、木立を抜けて射し込む朝日に照らし出されて白く輝いている。
前の晩だった。
「蜜蜂が花蜜を採りに行きそうな場所で、きれいだなと思う所はどこかないですか」と尋ねた。すると、聖也さんはすかさず応えた。
「じいちゃん、ばあちゃんの田んぼですね。朝早く行くと、田んぼ道にいい感じに朝日が当たっていて、きれいと言うか、いい感じ。おっ、いいみたいな」
私は、田んぼの畦道をきれいと思える聖也さんのこの感性に驚いた。
「じいちゃん、ばあちゃんと言うて、こまんか時から、やっぱ行きよったけんね。じいちゃん、ばあちゃんが仕事をしている傍に行きたくて、あの田んぼ道で姿が見えんもんやから、じいちゃん、ばあちゃんって叫びよったですね。3世代で一緒に暮らしよったけんですね。あの田んぼ道は、じいちゃん、ばあちゃんのメインルート、仕事場への道。ほぼほぼ家には居らんかったですね。朝も昼も夜も食事は一緒だったけどね。僕は幼稚園だったんで2時には帰って来てたんで……、毎日、田んぼに行きよったけんね」
この田んぼ道は、聖也さんの幸せの記憶と強く結びついているのだ。
朝日が当たり始めると、輝く光景はみるみる変化していった。白くふんわりとしていた足下のチガヤらしき草は、赤みを帯びた薄茶色に変わり、早春の気配を漂わせる。
「じいちゃん、ばあちゃんは、以前、みかん農家やったけんですね。それから米作りになって……、この田んぼがあったけん、レンゲ蜜を採ることもできたけんですね。僕が養蜂を始めたら、蜂蜜採りも手伝ってもらいよったけんね。巣枠に針金を張って巣礎も張ってくれよったけん。喜んでもらえれば嬉しいとですよね。感謝しとると言うか、有り難かっとですよ。でも、3年前に施設に入所したけんね……」
聖也さんの祖父母に対する情の深さは、物心付いた時から積み重ねてきた小さな愛の交わりの結果なのだ。霜の降りた「じいちゃん、ばあちゃんの田んぼ道」を歩いて、「素朴で深い愛情と結び付いた場所が、身近にあることの幸せを私たちは忘れていないか」と、聖也さんから教えてもらったように思えた。
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