2014年(平成26年)8月・創刊号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

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北海道深川市多度志 永田養蜂場

丘の上は、見渡す限りソバ畑だ。使われていないサイロの傍らに養蜂箱が整然と置いてある。道道920号線からソバ畑に囲まれた養蜂場へ入った途端、ウワーンと羽音に包まれた。薄日は差しているが、霧に覆われて、周りの状況を知ることができない。龍正さんが電柵の端で火の付いた爆竹を放り投げ、両耳を押さえた。パンパンパンパンと乾いた音が辺りに響く。

「養蜂箱の向こうに熊が掘り返した跡があるから、見てくると良いよ」と、龍正さんが教えてくれた。草むらの中に、一畳ほどの広さで赤土がむき出しになっている熊の仕業を示す所があった。

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    朝日が昇るにつれて、霧は晴れてきた。

    「熊は、今年は来てないね。5年くらいで世代が替わるっていうから、ここの熊は古かったのかね」。そんなことを言いながら、採蜜の準備を進めていた板垣さんが呟く。「騒いでるもん。居ないだわ。王様が居ないと、蓋を開けた時に蜂が騒ぐんだわ」。

     

    蜂の数が増えすぎて、女王蜂が働き蜂を連れて分封したようだ。

    「蜂って分封する時には、体一杯蜜を飲んで行きますから。逃げた後の巣箱には蜜はあんまり入ってないです。いわば、弁当持って行かんかったら、行った先で腹減らすことになりますから。蜜蜂が分封する時にゃ、斥候(せっこう)といって昔の軍隊の偵察みたいな役目の蜂が新しい巣を見つけてくるんです。蜜蜂の群れは、一旦は巣箱から出てすぐ近くの木に止まったりするんですよ。分封して、そこで斥候が帰ってくるのを待っとる訳ですよ。早いのは一時間くらいで帰ってきますから。その間に、新しい巣箱に入れてやらないと、分封した群れは居らんようになりますから。人間の方が蜂に使われるんですよ」

     

    蜂蜜がたっぷり入った巣板の蜜蓋を削る

    作業を始める前に火の点いた爆竹を投げて、耳を押さえる

    巣板の蜜の状態を点検しながら養蜂箱から取り出す

    王台(女王蜂用の巣穴)が、30個ほどもできている巣箱がある。

    「蜂の群れが増えすぎて分封の準備をしているんですね。まだ、蜜が採れると蜂が判断した時に、分封が始まります。天気が悪いと、2、3日は出て行くのを待ちますからね。出て行っても喰っていけないと分かっているんだよね。そこら辺は、蜂はしっかりしているよ。卵から働き蜂が生まれるのには、21日間。ニワトリの卵も産み落としてから21日でヒヨコになるでしょう。生命の不思議ですね。これだけはぴったり合うんだわ。卵から女王蜂が生まれるのには、16日間。さっき、王の居ない巣箱があったでしょう。養蜂家は、王の居ない巣箱に、女王蜂が生まれる直前の王台を植え付けてやって、新しい群れを作ってやったりもするんだわ」

    龍正さんと板垣さんは、採蜜の終わった巣箱の下の段まで蜜蜂の状態を観察している。蜂が分封の準備をしていることを知ることによって、養蜂家は人為的に新しい巣箱へ分封させてやったり、積極的に採蜜をして、蜜が足らないと蜜蜂に思わせ、分封をしないように仕向けたりすることができるのだ。その結果として、養蜂箱が増え、採蜜の回数が増えることになる。

     

    ソバ蜜を採集した養蜂場では、盗蜂はやってこなかった。

    「採られても、まだ蜜があると分かっているから騒がないね。ソバ畑は見る限り広いから、蜂はどこへ行ってんのかな。蜂の姿は見えないもんね」

     

    養蜂箱の上の段(継ぎ箱)に巣板が7、8枚、下の段にも7、8枚入っている。一枚の巣板片面に約2000匹の蜜蜂がいるので、両面で約4000匹。上段の巣箱だけで2万5000匹から3万匹の蜜蜂が活動している。上下の箱を合わせると、5万匹以上になる。ソバ畑近くの養蜂箱が約40箱だとすると、ざっと200万匹の蜜蜂が活動していることになる。

     

    翌日、私は、蜜蜂がソバの花で蜜を吸っている場面を撮影しようと、ソバ畑が広がる丘の上で蜂が来るのを待ち構えていた。待てども待てども、私の目の届く所に蜜蜂は来ない。たまに羽音は聞こえるが、音はすれども姿は見えずの状態だ。結局、午後2時ごろから3時間ほど待って、写真を撮れるほど近くに来た蜜蜂は3匹だった。200万匹の蜜蜂は、どこで蜜を吸っているのだろうか。

     

    「深川市と沼田町、それに幌加内のソバ畑を合わせると、6000ヘクタールありますから。そのうちの4〜5000ヘクタールは幌加内ですね」と、龍正さんが言う広さの実感は湧かないが、ともかく道路の両側は見渡す限りソバ畑だ。

    蜜蜂は吸蜜のために、3キロメートルほどは移動するらしい。私が写真を撮れる範囲は、目の前2メートルが精一杯。いかに200万匹だとしても、目の前に来てくれた3匹の蜜蜂に感謝の気持ちだ。

    巣板の蜜の状態を点検する板垣さんの周りを蜜蜂がまとわりついて飛ぶ

    遠心分離器で絞ったソバ蜜を濾過器に運ぶ龍正さん

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